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安倍晴明公の方術が今ここに蘇る!

カテゴリー "桔梗だより" の記事

桔梗だより 平成28年10月号(10月3日頒布)

9月の陰陽會の祭典および行事

99日  重陽祭

915日  十五夜祭

9
19日  敬老祭  


921日  秋季祖霊祭

922日  第十一回例祭・晴明桔梗まつり

 

10月の陰陽會の祭典及び行事予定

1010日  産巣日祈願祭

1013日  十三夜祭

1017日  神宮神嘗祭遥拝式

1020日  地久節(皇后陛下御誕辰祭)・恵比寿講

 

小池都知事による劇場型都政

二〇一六年七月三十一日、都民の圧倒的な支持を得て、小池百合子氏が女性初の都知事に就任しました。

小池氏が都知事選に立候補を表明して以来、自民党の推薦を望むも拒否され、その後無所属となって選挙戦を戦い、更には小池氏を応援したら自民党から除名するとのお達しが出たにも係らず、自民党国会議員をはじめ都議会議員までもが小池氏を応援するなど、選挙中は連日、小池陣営の動向がニュースで話題となりました。

そして、選挙戦中盤から投票日前日に至るに従って、小池氏の応援に途方もない数の人々が集まってくる様子が伝えられ、都民のみならず投票権を持たない地方の人々まで小池氏の演説に惹き込まれていくと言う小池劇場が展開され、投票日には開票と同時に当確が出ると言う凄まじい勢いでの当選となりました。

得票数は二百九十一万票、都選挙管理委員会のデータによると歴代で四番目に多く、初当選時の得票数では二番目の多さだと言う事です。

小池氏が選挙中に移転の延期を示唆していた豊洲市場について、土壌汚染や建物内で化学物質のベンゼンが検出されたと一部の市場関係者が指摘している件についてなど、当選直後から問題山積の状況でしたが、この様な中、八月二十二日、リオ五輪閉会式の五輪旗の引き継ぎ式出席の為、ブラジルに出発しました。

そして五輪旗の引き継ぎ式と言う晴れ舞台で、小池氏は日本人女性であることを象徴する和装姿で登場したのです。この時リオは大雨でした。和服は簡単にクリーニングする訳にはいかないので、雨の日に着装することは躊躇しますが、小池都知事は臆することなく堂々と美しく着こなしていて、都民の中には都知事が女性で良かったと思った人も少なくなかったことでしょう。

一部の人からは地味でつまらない、一体いくらするのか、着付けが下手だなどと揶揄する声もあったようですが、着物の格が五輪引き継ぎ式に最も相応しく一千万円は下らないであろうと呉服専門家は称賛しています。

和装でも洋装でも、装いには格があります。つまり、場所や会の内容によって相応しい格の装いが出来るかどうか、品格を問われることになります。

或る呉服専門家によれば、五輪旗引き継ぎ式での小池都知事の和装は、「完璧と言って良い着物選び」だったと褒め称えています。(京ごふく二十八(ふたや)【リオ】小池百合子 東京都知事の着物を賞賛すべき8つの理由。参照)

「着物の格は、『色留袖・三つ紋』で五つ紋に次ぐ格の高さであり、引き継ぎ式と云う状況から五つ紋程の格ではないがそれに次ぐ格の三つ紋であったことが、オリンピック閉会式と云う盛大なセレモニーに最も相応しい格であったと言えること。

着物の柄は日本を象徴する「琳派 群鶴図」で、大舞台で映える大胆な図柄で会った事。更に色留袖に最高のフォーマルな金の箔糸で織りあげた西陣織の袋帯、加えて帯のデザインは雲霞に草花の丸紋のコーディネートで、金メダルを意識し、世界に対して敬意を表するメッセージであったのではないかと言う事。

全体として、着物は金色の鶴の図柄、お目出度い草花、雲霞を散りばめた金色の帯と言う文句無しのコーディネートであったこと。

日本女性を象徴する和装の着付けは何かと難しく、洋装の様に簡単には着装できない事から日本女性でも敬遠してしまいますが、小池都知事がこのような晴れ舞台で臆することなく和装で臨んでくれたことはとても日本女性にとって意義のある事。」

大雨の中であっても、小池都知事は着物が濡れる事にひるむ事も無く、堂々とそして美しく着こなしていた姿は、日本女性の繊細さと大胆さを併せ持つ象徴でもあったのかもしれません。

そして優雅にリオでの閉会式に臨んだ後、帰国後はパッと切り替えて、懸案の豊洲市場問題に早急に取り組む姿勢を示し、帰国後に浮上した、本来盛り土が為されるべき場所に地下空間が存在していたと言う驚愕の事実について、その経緯を九月三十日、都議会で段階的に盛り土をしない方針を決定したとする検証報告書を公表し、責任者を特定できなかったことから、職員からの内部告発を促す「公益通報制度」を導入して情報収集を続けるとして、伏魔殿都庁に風穴を開ける意欲を示しています。

また豊洲問題と並行して、東京オリンピックの大幅に膨らんだ経費問題など次々と難問が突き付けられる中、小池都知事は颯爽とした風情で、難問解決に向けての具体策を講じる姿が連日マスコミによって伝えられており、都民は伏魔殿と化した都庁や都議会に対して臆することなく挑む小池都知事の姿に思わず惹き込まれているのではないかと思います。

この様子は、嘗て郵政民営化で自民党をぶっ壊した、アノ「小泉劇場」を彷彿とさせます。つまり、「劇場型」と言われる手法です。

「敵」を作り、「敵=悪」と言う構図でマスコミに上手く煽らせ、民衆(都民)を味方に付けることで、圧倒的な支持を得て敵方を徹底的に叩きのめし、今後の展開を有利に進めていく手法です。

確かに豊洲市場や東京オリンピック問題は解決すべき多くの点があると思われる事から、小池都知事の辣腕を大いに期待するところではあります。

然しながら、彼女の本質は新自由主義者、移民推進論者であります。

彼女が確信的に日本解体をしようと考えているかどうかは定かではありませんが、豊洲や東京オリンピック問題を解決した後に、首都東京が新自由主義や移民推進に舵を切れば、地方は東京と連携して日本解体に向かって加速する事は間違いない事であります。

小池都知事は東京を大改革する為に同志を募るとして、「希望の塾」と称した政治塾を設立しました。政党に党籍があっても入塾可能と云う事で、これは新党結成に向けての布石とも言えます。

都知事選の際には小泉元総理をはじめ細川護熙元首相、笹川堯元科学技術担当相(笹川財団)、嘗てのボス小沢一郎や河村たかし名古屋市長、橋下徹前大阪市長、更には飯島勲内閣参与など、小池都知事の背後には大きな動きを造るだけの勢力が控えています。

今回、小池都知事が劇場型都政を仕掛けて都の伏魔殿解体に功を奏せば、これらの背後の勢力は一気に加勢して新党を立ち上げ、自民党に対抗する勢力として動き出す事でしょう。

最早死に体の民進党からは次々と鼠が逃げ出し、小池氏へと合流する事は火を見るよりも明らかです。

そして小池都知事率いる新党は、圧倒的な国民の支持を得ることで他の野党とも連携或いは合流して巨大化し、日本に於ける二大政党と言う動きにも拍車をかける可能性も否定できません。

小池新党は自民党よりも過激な改革、現状破壊路線を突き進み、國體破壊に向けて急坂を転げ落ちていく可能性が高いことも視野に入れておく必要があります。

初の女性首相候補として名前が挙がっている、或いは首相になりたがっている、稲田朋美氏、野田聖子氏、蓮舫氏などと比較して、小池都知事は格段に頭が良く計画的でしたたか、且つ権力欲を剥き出しにするような野蛮な印象を受ける事がありません。

リオでの五輪旗引き継ぎ式で魅せたような常識を兼ね備えた上、人当たりも良く、石原元都知事の悪態もうまくかわしてジョークで返すなどの余裕を見せるだけの器があり、更には嘗て防衛大臣だった時に見せた、守屋事務次官更迭を淡々とやってのける大胆さを併せ持つ、将に才色兼備な女性と言えます。

今迄、殆どマスコミが取り上げる事も無かった小池氏でしたが、女性初の都知事に就任した途端、水を得た魚のように華麗で潔い政治判断で次々と難題をクリアする動きを見せ、追いかけるマスコミに対しても、逆に利用するくらいの余裕が感じられ、更には都知事の職に満足する事なく、次なる政治的な大きな動きにまで触手を伸ばして国民を惹き付ける姿は、小泉元首相を大きく超えた存在になり得る事を予感させます。

小池氏が保守と言う観点から日本を救う存在であるならば、待望の政治家でありましたが、残念ながら彼女が向かっているのは國體破壊へとつながる道筋です。

そして今のところ、彼女に対抗できる政治的な保守勢力は、皆無と言っても過言ではありません。

小池都知事の今後の動きに注視していきたいと考える次第です。

 

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桔梗だより 平成28年9月号(9月1日頒布)

8月の陰陽會の祭典および行事

 815日 戦没者慰霊・世界平和祈願祭を斎行。

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 9月の陰陽會の祭典及び行事予定

99日  重陽の節句・重陽祭

919日 敬老祭

921日 秋季祖靈祭

922日 第十一回例祭・晴明桔梗まつり

 

「天皇と國體」「天皇と臣民」

八月八日、天皇陛下は「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」をビデオメッセージという形で述べられました。

「天皇陛下のお気持ちの表明」が国の内外に一斉に報じられ、天皇陛下がご高齢であられながら、ご自身が「象徴としての天皇のお務め」を全身全霊で果たしてこられたことを国民は改めて認識し、感激を以てお言葉を拝聴すると共に、ご高齢故にその務めを果し得ない場合は譲位を強く望まれておられるとも受け取れるお言葉に衝撃を受け、多くの国民は一日も早く天皇の御位を譲られて、皇后陛下と共に心穏やかにお過ごしになられる事を願っている事と思います。

天皇陛下は、「個人としてのお考え」との前置きをされつつ、次の三点を述べられました。

一、日本国憲法の下で、天皇が高齢になった場合「象徴としての天皇の務め」を十分に果たす事が困難になる事も考えられ、その際は譲位・退位が望ましい。

二、現行憲法、皇室典範の下では、天皇がその務めを果す事が困難になった場合は、摂政を冊立するとしているが、天皇陛下は「天皇」が象徴としての務めを果たす事が出来ないまま、終焉を迎えるまでの間も天皇であり続けることは、国民にも負担をかける事になり、摂政を冊立する事はそぐわないとして否定された事。

三、天皇が崩御した時、新天皇に関わる様々な儀礼や行事と殯(もがり)をはじめとする喪儀の儀礼が約一年もの間続くことから、残されたご家族のご負担軽減の為にも予め譲位・退位する事が望ましい。

これらの事から、長い伝統と歴史を踏まえつつ、日本国憲法の下での「象徴天皇の務め」が常に途切れることなく安定的に続いていく為に、「譲位・退位」の強いご意向をお示しになられ、現行制度の改変に対して国民の理解を求められました。

また今上陛下は「天皇の務め」として、先ず「祭祀(国民の安寧と幸せを祈る事)」を挙げられ、次に「公務(人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと)」について述べられ、更に「象徴としての天皇」とは如何なるご存在であられるべきなのかを、国民に理解を求められると共に、ご自身が常にご自覚あそばされるよう努めて来られたことを明かされました。

天皇陛下はお言葉の中で「即位以来,私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。」と仰せになりましたが、日本国憲法に定める「象徴としての天皇」という言葉は、天皇のご存在がどのようなお立場であられるのか、人によって都合よく解釈が行われ、一体どういう意味であるのか曖昧模糊としています。

そもそも「象徴」という言葉は、「平和の象徴としての鳩」のように、辞典には「抽象的な何ものかを具体的な事物によって理解しやすい形で表わす事」とあり、「天皇」という唯一無二のご存在に対して用いられる言葉では絶対にあり得ない筈であります。

「象徴としての天皇」の意味が不確かなものである上に、「象徴天皇としての務め」とは一体如何なる事であるのか。

天皇陛下がご即位以来、日々模索されてこられたと吐露されました事は恐懼に堪えません。

GHQによる占領憲法である日本国憲法によって定められた「象徴天皇」とは、天皇のご存在を認めてはいるが、天皇がどの様なお立場であられるのかと云う事は全く定義されておらず、「日本国の象徴・国民統合の象徴」とすることで単に「象徴としての役割」を与え、天皇を唯一無二のご存在から「象徴と云う役割を果たす、職業としての天皇」に引き摺り下ろしたのだとも考えられます。

今上陛下は日本国憲法の下でご即位された初めての天皇であらせられますが、日本国憲法に定められた「象徴としての役割」について、天皇というご存在は常に国民の安寧を祈り、国民と共にある事、寄り添う事であるとお考えになられ、今日迄全身全霊で果たしてこられましたが、「象徴としての役割」を十分に果す為には、高齢の場合、問題が生じて来たと仰せになりました。

折しもこの八月十五日、アメリカのバイデン副大統領は、ペンシルベニア州で民主党大統領候補のヒラリー・クリントン前国務長官の応援演説をした際に、「我々が(日本を)核武装させないための日本国憲法を書いた」と発言し、日本国憲法をアメリカが起草したと明言しましたが、核武装させないと言うだけでなく、日本の國體破壊を目論み、天皇のご存在の意義を貶めた事も明らかです。

GHQ(アメリカ)が起草した日本国憲法に於いて、「天皇が日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である」とした憲法第一条は、天皇のお立場を国民に対して曖昧で意味不明にした上に、天皇に対して「象徴としての役割」を与えることで、天皇のご存在を職業として貶め、そのご存在の意義を大きく矮小化させたのだと云う事が理解出来ます。

大日本帝国憲法の第一章第一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあり、「我が国は天照大神が皇孫ご降臨の際にお授けになった天壌無窮の神勅のまにまに、万世一系、天照大神の御子であられる天皇が、天津神の御心を大御心として天下をお治めになる国柄である。」と明確に天皇のご存在の意義が示されています。

帝国憲法の第一章第一条に示された天皇のお立場、ご存在の意義は、我が国の永遠に変わる事の無い「國體(国柄・国風)」そのものと言えます。

帝国憲法の下に於いては、天皇は「ご存在そのもの」に意義があるのであり、「何らかの役割」を果されるべきご存在ではなく、まして「天皇と云う職業」では絶対にありません。

そもそも、天皇は神話の時代から続いてきたご存在であり、日本国憲法が出来た後にご出現されて、憲法で規定されるようなご存在ではありません。

帝国憲法に於いても天皇のご存在を憲法で定めたのではなく、古来から続く天皇のご存在の意義と我が国の國體を示したに過ぎません。

戦前までは日本国民は天皇を「現人神」として仰いできましたが、戦後、所謂昭和天皇による「人間宣言」によって、「現人神」である事を否定されたとされました。けれども、天皇が「現人神」であられる事実に変わりはありません。

天皇が現人神であらされる理由は、「天皇」と云う称号が「神」と云う意味であり、天皇に即位される際の大嘗祭によって、天照大神の御霊と御一体になられるからです。

天皇は近年言われているような「祭祀王」などではなく、「北極星の化身=神」であり、「現人神」そのものであらせられます。

天武天皇以降、「大王(おおきみ)」と云う称号から「天皇」、つまり「天皇大帝(てんおうだいてい)=北極星(天帝)=神」と云う称号に改められたと伝えられています。

 天武天皇によって始められた「大嘗祭(新しく天皇の御位に就かれた時に行われる一代一度の祭儀)」は陰陽道による秘儀ですが、この秘儀によって天帝(現人神)となられるのです。

大嘗祭では北斗と南斗に対して祭祀が行われます。北斗は天帝と同一視される太一(すなわち北極星)の周囲を回る天帝の車であり、南斗は廟に見立てられ、祖先に供物を捧げる升と観念されています。

このことは天の祭祀と祖先への祭祀と云う形で成り立っていた支那の皇帝の即位儀礼と共通していますが、支那の皇帝は「太一=天帝=皇帝」として天下に君臨し支配する権威を天から与えられる「天子」であり、あくまで最高司祭者として祭る者に留まっていたのに対し、天皇は「太一(北極星)=天照大神=天皇」と捉えられ、 祀る者であると同時に祀られる対象であり、支那の皇帝よりも「格上」のご存在であらせられます。

天武天皇以降、記紀の編纂によって皇祖神と皇孫の関係から万世一系と云う皇統を明確にし、歴代遷宮から皇大神宮の式年遷宮に切り替え、天皇の称号と共に陰陽道による秘儀によって北極星の化身となられ、皇祖天照大神と御一体となられて、日本を統治されてこられたのが「天皇のご存在」と云う事になります。

晩年の昭和天皇と香淳皇后に仕えた卜部亮吾侍従は、昭和天皇の崩御の際の事を日記に次の様に記しています。

「たんかにて御尊骸(そんがい)を御寝室からお居間にお移しする あまりに重いのに驚く」

昭和天皇は崩御の際、かなりお痩せになられていたにも拘らず、御尊骸のあまりの重さに卜部侍従が驚いたとありますが、肉体だけではなく天照大神と御一体になられた御霊の重さであったと考えます。

以上の事から、天皇のご存在は我が国の國體そのものであり、天皇と云う役柄とか職業などに矮小化されたご存在ではありえません。

昨今、天皇には人権も職業選択の自由も定年も無くお可哀そうだなどと、天皇を自分達臣民と同列に見做す風潮が見受けられます。

然しながら天皇は我々と同じ人間のお姿をされておられますが、玉体には天照大神と御一体になられた御霊を宿しておられる「現人神」であらせられ、唯一無二のご存在であります。

ところで先日、早速自民党の二階俊博幹事長が「女性尊重の時代で、天皇陛下だけはそうならないというのはおかしい。時代遅れだ」などと、無知蒙昧な発言をしましたが、小泉政権以来、この問題はくすぶり続けています。

歴史的にも女性の天皇はご存在されておりますが、あくまでも中継ぎ役として即位されたのであり、断じて「女系」の天皇が即位された事はありません。

今後、皇室典範改正の動きが出てくることは否めませんが、国民が無知である事を利用して、「女性天皇」と「女系天皇」が混同されることが絶対に無きよう注視・牽制していく必要があります。

天皇の御位、そして臣民のありようについて、「國體の本義」には次の様に記しています。

「皇位は、万世一系の天皇の御位であり、ただ一すぢの天ツ日嗣である。皇位は、皇祖の神裔にましまし、皇祖皇宗の肇め給うた国を承け継ぎ、これを安国と平らけくしろしめすことを大御業とさせ給ふ『すめらぎ』の御位であり、皇祖と御一体となってその大御心を今に顕し、国を栄えしめ民を慈しみ給ふ天皇の御地位である。臣民は、現御神にまします天皇を仰ぐことに於て同時に皇祖皇宗を拝し、その御恵の下に我が国の臣民となるのである。かくの如く皇位は尊厳極まりなき高御座であり、永遠に揺ぎなき国の大本である。」

天照大神と御一体になられた現人神であられる天皇の大御心・大御業の中には、現在の天皇御一人の御心・御業ではなく、皇祖皇宗の御心が拝せられ、高天原の神々が統治される御姿そのままに我が国を統治される事が我が国の國體であり惟神の道です。

 そして惟神の道のまにまに臣民に御心を寄せて下さる天皇の大御心を心として、遵奉していくことが臣民としての道に適っているのであり、これによって君臣一体となり、愈々我が国は栄え行くと言う国柄である事を、今一度想起するべきでありましょう。

 

桔梗だより 平成28年8月号(8月1日頒布)

8月の陰陽會の祭典及び行事予定

815日  戦没者慰霊と世界平和祈願祭

 聖上の「譲位」

七月十三日午後七時のNHKニュースで、唐突に〈天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示されていることが分かりました〉と報じました。

臣下の立場で皇室に関することをとやかく申し上げることは、甚だ畏れ多いことにございますが、この度のNHKの報道内容には強い違和感と疑念を感じるところがあり、国の根幹に関わる重大問題であると考え、敢えて今回の桔梗だよりで取り上げる事に致しました。

さて、今般のNHKによる「天皇陛下が生前退位のご意向」という衝撃的な内容もさることながら、かくも重要な事柄が、天皇皇后両陛下が葉山御用邸でご静養中(七月十一日~十四日)に、しかも安倍首相はアジア欧州会議に出席する為、翌十四日午前には羽田から出発予定というタイミングで、宮内庁長官の言葉としてではなくNHKと云う一報道機関によって「宮内庁関係者の話による」と言う出所を曖昧にした内容で報道された事に、強い疑念を感じると共に、事の是非云々と云う事よりも、このまま「譲位」を良しとする世論形成がマスコミ主導で為される事に対して、強い危機感を覚えるものであります。

今回のNHKの報道は、各社マスコミを出し抜いて為されたことで、この一報を受けて各社マスコミは報道直後に宮内庁に駆け付け、報道内容の真偽を確かめたところ、宮内庁次長の山本信一郎氏は報道内容を全面的に否定をした上に、陛下にはそのお気持ちが無い、と明確に答えています。また、菅官房長官も十四日午前の会見で「全く承知していない。」とコメントしました。

ところが、宮内庁が公式に報道内容について否定し、政府も承知していないにも拘らず、NHKはこの報道内容を取り下げたり、修正したりしていないことから、報道各社をはじめ論客は「天皇陛下の譲位のご意向」は事実と言う見方を強めています。

しかも宮内庁は報道内容に対して全面的に否定したものの、NHKに対しては一切抗議していないこともあり、「天皇陛下のご意向」として既成事実化しつつあります。

そもそも、「生前退位」という言葉も違和感を禁じ得ません。本来ならば「譲位」と言うべきでありましょう。

今回の報道を受けて、各論客が様々な観点で自論を展開していますが、「今上陛下のご意向」を重視すべきであるとの論調が大半で、「譲位」に関して的を得た論考は、東大名誉教授の小堀桂一郎氏による「摂政の冊立が最善」(七月十六日産経ニュース)と、麗澤大学教授の八木秀次氏による「『生前退位』は選択肢の一つ、 望ましくない陛下のご意向の既成事実化」(iRONNA【いろんな】)の二つであると考えます。

大筋は、歴史的にも譲位・退位が為された事実は少なくないが、多くの場合政治権力者など外部勢力によって強要されたり、時の天皇が影響力を温存する為に恣意的に行われてきた経緯があり、更には譲位・退位された後の今上陛下の称号、お立場、ご公務、御所、元号、宮廷費の諸問題に加えて、皇太子殿下が天皇陛下の御位に就かれた場合、皇太子は空位となり、秋篠宮文仁親王殿下を皇太弟とするなど新しい称号を設けるのか、崩御の際の大喪の礼や陵墓、践祚大嘗祭などの継承儀礼の問題など、議論すべき内容が余りにも多岐に亘り、これらの諸問題を皇室の伝統に則って解決可能かどうかも覚束ないというものです。

小堀桂一郎、八木秀次両氏は、「譲位」を前提で議論を進め、今迄にない前例を作ることは、事実上の國體破壊の危機ではないかと危惧するとしています。

このような國體破壊の危機を招きかねない「譲位」ありきの議論を進めるのではなく、既に過去の事例として、大正天皇が即位された後、玉体が不自由になられたことで、皇太子であられた裕仁親王殿下(後の昭和天皇)が摂政に就任され、天皇の職務を代行される事になった先例にならい、必要な宮中祭祀と国事行為は摂政宮殿下にお任せになれば良いというものです。

八木秀次氏は次の様に述べています。

~『皇室典範義解』の記述のもとになったのは、皇室典範制定過程における伊藤博文の発言で、伊藤は、譲位の慣行は仏教の影響であり、いったん即位すれば、終身在位が当然であり、自由に譲位することはできない。摂政の制度があれば、譲位を制度として設けることは不要だと述べている。~

両氏の見解はまことに筋が通ったものであり、新たな前例を作ることの危険性と難解さに比べて、皇室の伝統に則った先例に従えば、すぐにでも解決できる問題であるとしています。

更に言えば、八木秀次氏は、出所不明の「宮内庁の関係者」からの情報としながら、「天皇陛下のご意向」で政府に制度変更を促している点は、国民統合の象徴であられる天皇陛下のお立場を危うくするものであるとまで言及しています。

NHKは「天皇陛下による生前退位のご意向」があるとし、数年内の譲位を望まれており、天皇陛下御自らが広く内外にお気持ちを表わす方向で調整が進められているとまで報道しました。

この内容からすれば、既に譲位は既成事実とされ、譲位に向けて制度改正は進められているのだと言う印象を受けざるを得ません。

そして宮内庁は「陛下には全くそのお気持ちは無い」という否定的な公式見解を示したことで、一体どちらが正しいのか国民は戸惑うばかりです。

然しながら陛下のご意向で現行制度を改正すると言うようなことは本来あってはならないことであり、もし「ご意向」がまかり通るようなことになれば、前例があるとして、後世、外部勢力によって天皇の「ご意向」を悪用され、政治的な問題に影響を与えないとは言い切れません。

これらの一連の報道から見えてくることは、今回のNHKによる突然の「生前退位」報道は、今上陛下の「ご意向」を利用した世論形成にあると考えます。

つまり、「天皇のご意向」であると言う「生前退位」についての報道をNHKと云う公共放送で流す事で、今迄そのような事を考えた事も無い国民に「生前退位」についての世論喚起を促し、皇室制度について無知な国民に、今上陛下の御体調を憂うというだけの感情で湧き立たせ、国民に「生前退位」こそが最上の策であると言う世論を固定化させることに狙いがあったと考えます。

事実、日本経済新聞社は早速七月二十五日、「天皇の生前退位」について世論調査を行い、次のような結果を明らかにしました。

「生前退位を認め新しい制度をつくるべきとする意見が七七%にのぼった。併せて、女性天皇や女性宮家について検討するべきかを訊ねた結果は、「どちらも検討すべき」が五九%、「女性天皇は検討すべき」が二一%、「女性宮家は検討すべき」が五%という順だった。つまり、「女性天皇について検討するべき」と考えている人は八〇%にのぼることがわかった。「(女性天皇、女性宮家)どちらも検討すべきでない」とする回答は八%と、一割以下だった。」 (日本経済新聞2016725日朝刊2面:「本社世論調査」)

この内容は、「天皇の生前退位」にかこつけて、女性天皇、女性宮家と云う全くお門違いの論調を再び持ち出して、世論喚起を促しているのは明らかです。

また、既に「生前退位」にまつわる皇室典範の改正の議論の際には、皇位継承資格者の拡大や女性天皇、女系天皇、女性宮家についても同時に改正すべきであるなどと言う論調も出て来ています。

と、ここまで書いて、七月二十九日午前七時のNHKニュースで、突如「天皇陛下のお気持ち」が八月に表明される事になった、という報道がありました。

天皇陛下がお気持ちを述べられるなど、前例の無いことです。先のNHKの突然の報道から、余りにも異例な事が続いています。

以下、斯様な事を臣民たる者が述べる事は甚だ不敬であり、許されざることではありますが、そこを曲げて敢えて申し上げねばならぬと想起し、申し述べる事に致しました。

天皇と云うお立場は、明らかに臣下の者とは異なり、「現人神」であらせられます。つまり、人としての肉体をお持ちのままで、「神其のまま」であらせられるということです。

そして「神其のまま」とは「随神(かむながら)」、つまり皇祖天照大神のご本質そのままであらせられ、天皇は「皇祖神の御道」に随って治らせ給い、少しの「我意」を用い給うことがあってはならないということでもあります。

簡単に申せば、天皇に「私心」があってはならないと云う事です。そして皇祖神の御道である随神の道、つまりは神道に則していなければならないということでもあります。

天皇は他の人間、つまり皇族・臣民或いは外国人に利用される事は断じてあってはならず、また他人の意志に基づく事なく、御自らが「神其のまま」で皇祖神の御道、惟神の道のまにまに治ろしめ給うのみであらせられねばなりません。

そして「治らす」とは道から外れぬ事であり、「随神」とは、ただ神のみ、神其のままという義であります。

日本が神国である所以は、皇祖天照大神が霊界の高天原に於いて治ろしめされておられることを、皇祖天照大神と御一体であられる万世一系の天皇が現国(うつしくに・豊葦原)を治ろしめされることで、天壌無窮に栄えると御神勅を賜ったことにあります。

天皇が「譲位・退位」を望まれておられるとするならば、それは「私心」であり、「天皇のお気持ち」によって政治が動かされるようなことがあれば、その時点で「権威」としてのご存在から「権力」としてのご存在に変化する事となり、「皇祖神の御道・随神の道」から外れることになり、それ即ち「國體の危機」であります。

後世に禍根を残すような事は断じてあってはならないと考えます。

「…神ながらの道は神の踏み給ふ道にして、皇上の踏み給ふ道であり、皇族の踏む道、臣民の踏むべき道である。斯の道は神に基づき、神に斎き皇に身奉す人々の普く踏むべき根本道である。…是れ王者又は政権を手に入れたる者が其の政権を失はざるが為に踏むべきものとする道と異なる所である。」(惟神の大道・筧克彦著)

(参照 惟神の大道 筧克彦著)

 

桔梗だより 平成28年7月号(7月1日頒布)

6月の陰陽會の祭典および行事

69日 疫病封じ祈願祭

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30日 夏越之大祓

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7月の陰陽會の祭典及び行事予定

77日  七夕祭

 

グローバリズムからナショナリズムへの転換

日本復活の鍵は「神ながらの道」

六月二十三日、イギリスではEU離脱か残留かを巡って国民投票が行われ、僅差ではありましたが離脱派が勝利しました。

日本をはじめ世界のマスコミの多くは、イギリスのEUからの離脱はリーマンショックを上回る経済損失、或いは極端な場合は戦争が始まる可能性が高まったなど、不安材料しかないの如くに連日報道しています。

またアメリカでは次期大統領候補のトランプ氏が離脱支持、ヒラリー氏が残留支持ということでしたが、この件に於いてもトランプ氏に対する冷ややかな報道が為されていました。

トランプ氏は今回の離脱派の勝利に対して次のように述べています。

「素晴らしいことだ。イギリス国民は国を取り戻した。・・・イギリスの国民投票と、私の選挙戦は、実によく似ている。人々は自分の国を取り戻したいのだ。国民は国境を求めている。どこからやって来たのかもわからない人々を自分の国に受け入れたいと思わないだろう。」

つまり、イギリス国内に増え続ける移民と、国境を越えて事業を展開するグローバリゼーションから主権を取り戻すべきであると言うイギリス国民の感情は、トランプ氏が大統領選挙に向けて発信している自身の考え、ナショナリズムと一致しているとして歓迎しているのです。

そして今回のイギリスの離脱派の勝利を受けて、他のEU加盟国にも同様の流れが広まりつつあり、イタリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン、フランスの国々でも右派政党からEU離脱の是非を問う国民投票を行うべきだと言う声が上がっています。

そもそもEUは欧州と云う地続きで多くの国々が国境を接している事情によって経済活動や人の移動に不便を感じていることから始まった緩やかな結合です。また、資源を巡ってフランスとドイツが度重なる戦争で荒廃した教訓から、資源を共同管理する事で資源の争奪戦に終止符を打つための機構を作る目的もあります。(EUの崩壊が戦争を招くと言うのはここの点を強調しているのでしょう。)そして国を超えて共通通貨ユーロを発行することで巨大な単一市場を創り出し、EUの「旗」「歌」「記念日」「標語」などを設けてEU加盟国をひとつの国のように考えました。そのモットーは「多様性の中の結合」だとしています。(EU MAG

イギリスに於ける今回のEU離脱派の勝利は、誇り高いイギリス人が国を差し置いて、経済的利益の為だけにEUの下に位置付けされることを望まなかったと云う事に外なりません。

現在経済的な恩恵を被っている人々にとってEUは理想の形であるかもしれませんが、欧州の各地でEU離脱を望む声が少なからず上がっていると言う現実は、少なからず民族の誇りを持つ人々にとっては、経済至上主義では国や民族としての存在意義が失われる危機感を抱いている事の表れと言えます。

永い歴史的背景を持つ国、民族をなし崩しにして経済的価値観のみを共有させ、ワンワールド【世界は一つ】にしようと言うユダヤの考え方に、イギリスが「待った」をかけたと言えます。

さて、日本と云う国は世界の中でも非常に希な「単一国家・単一民族・単一言語」の国であり、更に国境は海であり、陸地で他国と接していませんから、他国の侵略が容易ではないと言う利点があります。このような恵まれた領土に住む日本人にとって、欧州が抱える多くの国・多民族・多言語という状況を理解する事は中々難しいと考えます。

人・物・金が自由に横行できるグローバリズムと云う発想は、欧州のような数多くの国々が国境を接している地域に於いては、経済的側面からのみ考えれば有意義な点もあったかもしれません。

然しながらグローバリズムとは、国を持たないユダヤ人が経済的利益を上げる為の国境廃止主義思想です。先頃よく言われた「ボーダレス」「ワンワールド」という言葉もこのグローバリズムに基いた「国」と云う概念を破壊し、国際金融資本家が経済至上主義によって持つ者と持たざる者に二分する為に世界中に仕掛けた壮大な悪巧みだと言えます。

そしてグローバリズムは全ての価値を「お金(経済)」に置く事で、個人の価値は財産の有無で決定付けられています。

この事は近年の日本に於いても顕著であり、どの様な素性であろうとも、どの様な悪質な手法で稼ごうとも、現在どれだけの財産を持っているかで個人の価値を決めている傾向が非常に強いと感じる世の中になってしまいました。

つまり、昔の日本人なら最も嫌悪したであろうガリガリ亡者の「成り上がり者」が跋扈し、世の人々も金銭的価値観でしか判断できない醜い世の中になり果てたと云う事です。

政治も経済も、聞こえてくる話は「如何に儲けるか」と云う事であり、儲ける為には国益を失おうとも、誇りを失おうとも、犯罪が増えようともお構いなしで、金・金・金の「銭ゲバ」の様相を呈しています。

先頃、外国人観光客を増やす為と称して、迎賓館赤坂離宮、京都迎賓館をはじめ京都御所まで通年一般公開に踏み切りましたが、皇室に関わる重要な施設にまで「観光客」を増やす為、つまり金目的の手段にするなど信じられない蛮行だと考えます。

先般、皇居乾通りの通り抜けと称して皇居内が一般公開されるなど、この一連の日本に於ける皇室にまつわる重要な施設が次々と庶民に開放され、誰でも容易に足を踏み入れる事が可能になれば、万が一の危険性も同時に増すと云う事でもあります。

平和ボケした日本人には理解出来ないのか、金の為なら何でもやるぞ、と云う事なのか分かりませんが、これ以上このような節操の無い金儲けの手段をエスカレートさせる事態にならないかと非常に危惧する次第です。

殆ど日本中が「グローバリズムに乗り遅れるな」の様相を呈している中、今回のイギリスのEU離脱は、「寝耳に水」であったかのように、マスコミをはじめ国民の多くは拒絶反応を示しています。報じられている事の殆どは、矢張り「経済的損失」が大半です。

確かに、離脱のショックから株価の値下がりや円高などが生じていますが、リーマンショックのような背景はないのですから、時間が経てば落ち着いてくることでしょう。

日本としては当面の「金の損失」を懸念するよりも、イギリスのEU離脱をどの様に捉え、未来に向けて如何なる道筋をつけて行くのかという、歴史の重大な転換点として見据えなければならないと云う事です。

明治以降の西欧の近代化を取り入れた我が国は、科学的な発展の分野に於いては確かにその恩恵を受けましたが、思想的な分野に於いては弊害が大き過ぎ、戦後、特に平成以降は、旧来の日本を悉く否定した挙句、日本再生の成長戦略の一環として、二〇一〇年には文科省がグローバリズムの波に乗って、英語を話す事を主としたグローバル人材なる不可思議な日本人を育成するとしています。

英語を主体に話す日本人が、どうやって日本を再生する事が出来るのか全く理解できませんが、現政権が日本語よりも英語を主体にした教育を推進している以上、日本の復活はあり得ません。

平成二十七年十一月七日に開催された公益社団法人国民文化研究会「六十周年記念の集ひ」に於ける、東京大学名誉教授である小堀桂一郎氏の講演会記録に次の様に記されています。

…『「天」が覆ふといふのは万世一系の歴代の天皇がこの国を統べたまふことであり、「地」とはそれを載せている国土である。天が上にあり、地が下にあるといふのが公道である。つまり天皇が全国を統べたまふといふのが、天地の公道なのだとなるわけです。それでは、天皇が親裁したまふといふ政治形態は、具体的にどういふことかといふと、…大臣の輔弼と議会の翼賛とにより、機関おのおのそのところを得て国政を執り行ふ。その万機を公論に決した結果を天皇がご裁可になるといふのが、日本の立憲君主制の形なのであります。』

日本の立憲君主制の形とは将に「神ながらの道」であると考えます。

神道では「明浄正直」つまり「明き浄き正しき直き」心を道徳的規範としていますが、天武天皇が冠位の名称に「明、浄、正、直、勤、務、追、進」としたように、日本人の精神性の在り方、倫理的基盤を示しています。

「明」は明るく晴れやかな気分、「浄」は清らかで濁りの無い清々しい一心、「正」は嘘偽りの無い公明正大な心、「直」は真っ直ぐでどちらにも偏らない心、「勤」は他人の為、社会の為に尽くす活動、「務」は今日為すべき事は今日の内に為し、自ら為す事は自ら為す活動のこと、「追」は他人に遅れまい、時代に遅れまいと修養する事、「進」は他人より先に、時代より先へと積極的に修養に励む事です。

「神ながらの道」とは、「明浄正直勤務追進」の精神を以て、天孫降臨に際し、皇祖天照大神が皇孫である邇邇芸命に授けられた御神勅を奉じて万世一系の天皇が統治されることであり、臣民はそれぞれの立場で天皇を補翼する事であります。 

そして天皇が御神勅に従って皇祖(天)をお祀りされ、御稜威が津々浦々に及ぶことで臣民(地)は治まり、皇族、臣民は御稜威の下、天皇の大御心を戴し奉り、沿い遂げ奉る(補翼)ことで、益々地が栄え行くことこそが我が国の國體であり、「神ながらの道」であると考えます。

この天皇と臣民との在り方が日本の立憲君主制の形であり、日本が栄えれば、天皇の御稜威は諸外国にも及び、世界の平和に寄与する事になるというのが「八紘為宇」と言えます。

イギリスのEU離脱を受けて日本が為すべき事は、皇祖天照大神の御神勅を戴し、「神ながらの道」に立ち戻ることであり、この道以外に日本が復活する道は無いと考える次第です。

惟神の大道(筧克彦)・國體の本義・浅舞八幡神社ブログ 参照

 

桔梗だより 平成28年6月号(6月1日頒布)

5月の陰陽會の祭典および行事

端午祭
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結婚感謝祭
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6
月の陰陽會の祭典及び行事予定
6
9日   疫病封じ祈願祭

630日   夏越之大祓

 

世界に恥を晒す事になった東京オリンピック

二〇二〇年東京オリンピック招致から賄賂問題まで

【一】皇族の政治利用問題

 二〇一三年九月、二〇二〇年夏季オリンピック開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会で、高円宮妃久子妃殿下がスピーチされる。

 久子妃殿下は当初、現地を「私的訪問」し、IOC委員と懇談される予定だったが、更に直前になって、下村文科大臣らが強く要請して総会出席が決まった。

 この「皇族の政治利用問題」を巡って、宮内庁と官邸の間で激しく対立した。

 久子妃殿下のIOC総会ご出席の決定に関して、風岡典之宮内庁長官は天皇皇后両陛下に事後報告した事を明らかにし、両陛下もご案じになっているのではないかと拝察していると述べて異例の苦言を呈した。

【二】新国立競技場問題

 二〇一二年十一月、ザハ氏のデザインに決定。建設費は千三百億円。

 二〇一三年九月、オリンピック招致決定。

 二〇一三年十月、ザハ氏のデザイン通りにした場合、三千億円かかることが判明。

 二〇一四年五月、余りにも建設費用が高過ぎるとして、一六二五億円に規模を縮小し、二〇一九年三月に完成予定にすると変更。

 二〇一五年六月、ゼネコンが建設費を再見積りしたところ、再び三千億円かかることが分かり、完成も十一月に延期となる。

 二〇一五年七月、国民の理解が得られないとして、二五二〇億円まで下げさせて見直し。

 二〇一五年七月十七日、結局安倍首相が計画案を白紙撤回したことで、五十九億円が損金となる。

 二〇一五年十二月、隈研吾氏のA案に決定。

 二〇一六年三月、採用されたA案には、聖火台を設置することが想定されていなかった。仮に後付けするにしてもスタンドは木材が使われる屋根で覆われる構造となっており、消防法上、問題となる懸念が生じる。

 二〇一六年四月、聖火台は過去の事例をもとに「フィールド」と「スタジアム外部」を想定して検討。

 建築家の間では、木材を多用したA案について屋根の木材が風化する可能性が高く、交換するには莫大な費用がかかる事、木材の変色は早く、五輪が終わった後の競技場の廃墟化が指摘されている。

【三】エンブレム問題

 二〇一五年七月二十四日、佐野研二郎氏がデザインしたエンブレムに決定。すぐに、ベルギーのリエージュ劇場のロゴ・フォント共に酷似していると、作者のオリビエ・ドビから指摘が出た。

 二〇一五年八月十四日、ベルギー側はリエージュの裁判所に五輪エンブレム使用差し止めを求めて提訴。この間、佐野氏のこれまでの過去のデザインも盗用したものであることが次々に露見。

 二〇一五年九月一日、佐野氏がデザインしたエンブレムの使用を中止する方針を固める。

 二〇一五年十一月、エンブレムを再公募。

 二〇一六年一月、四作品に絞られる。

 二〇一六年四月二十五日、野老朝雄氏の「組市松紋」に決定。

前回の選定手続きで“出来レース”と批判されたことを受けて、今回は透明性を重視して各界から選考委員を選んだとしているが、ネット上では今回も様々な憶測を呼んでいる。

 国内では元エンブレム審査委員の平野敬子さんが自身のブログで佐野氏同様出来レースではないかと言及したり、海外からは「暗い」「ビストロのテーブルクロス」「悪魔の角」「パンを入れるカゴ」など、評価は芳しくない。

【四】オリンピック招致に関わる賄賂問題

 二〇一六年五月十一日、国際陸連のラミン・ディアク前会長らによるドーピング隠蔽に絡んだ汚職を捜査しているフランス司法当局が二〇二〇年東京五輪・パラリンピックの招致活動にも捜査対象を拡大している問題で、英紙ガーディアンは招致委員会がディアク前会長の息子に関係するシンガポールの銀行口座に約百三十万ユーロ(約一億六千万円)を送金した疑惑があると報じた。

 二〇一六年五月十二日、フランス司法当局は予審判事らによる捜査が始まった事を明らかにする。日本の銀行から二〇一三年七月と十月に「東京五輪招致」の名目でディアク前会長の息子が関係する企業の口座に約二億二千三百万円が振り込まれた事が判明。前会長は当時、国際オリンピック委員会の委員として五輪開催都市決定に影響力があったとされている。

 二〇一六年五月十三日、招致を巡る賄賂ではないかとの疑いに対して、招致委員会で理事長を務め、日本オリンピック委員会会長の竹田恒和会長は、送金の事実を認めた上で、正当なコンサルタント料であり事務局の判断で支払ったとして、招致活動はフェアに行ってきたと発言。

 二〇一六年五月十四日、日本オリンピック委員会はこの問題に対して、契約書は存在するが、所在不明と回答。

 二〇一六年五月十六日、竹田恒和会長は衆院予算委員会に参考人として出席し、招致決定二か月前の二〇一三年七月に海外コンサルタント数社から売り込みがあり、招致委員会は電通に実績を確認した上で今回問題となっている企業と契約した旨の説明。

 二〇一六年五月十九日、東京都内で取材に応じた招致委員会の専務理事を務めた水野正人氏(ミズノ相談役会長)は、疑惑のBT社や経営者タン氏の存在や契約の事実をいずれも知らなかったと主張。

 二〇一六年五月二十三日、竹田会長は当初、存在するが所在不明とされている契約書について「事務局の判断で送金した」と発言していたが、招致関係者によると二通の契約書にはいずれも竹田会長の直筆の署名が為されているとのことから、毎日新聞の取材に対して、「組織として決定しているので理事長である私が署名した」と前言を翻す。

 招致委員会は「正当なコンサルタント料」としているが、招致決定の前後に多額の金額が振り込まれていた事から、五輪開催地の投票権を持つ国際オリンピック委員会委員への賄賂ではないかとの疑義が生じ、フランス検察当局は贈収賄を視野に捜査をしているとの事。万一フランス当局から捜査協力が求められた場合、契約書にサインをしている竹田会長の事情聴取もあり得るとの招致関係者の見解。

 五月十六日、イギリスのデイリーメール紙によると、トルコのオリンピック委員会の副事務総長のYalcin Aksoy氏は日本の招致委員会の不正支払い問題が認定された場合は、開催地の権利を剥奪されるべきだとし、ロンドンで代理開催すべきだと言う認識を示したとのこと。

 以上見てきたように、二〇二〇年東京オリンピックは、招致決定から現在に至るまで問題点ばかりが浮上し、国民の心は不祥事だらけのオリンピックから離れつつあるように思われます。

 一般国民だけでなく識者からも、いっそのことオリンピック開催を返上し、ロンドンで開催してもらえば良いと言う意見も、ネット上では数多く見受けられます。

「スポーツの祭典」であるオリンピックは、本来各国のアマチュア選手がスポーツ精神に則って正々堂々と競技を競い合うものであり、開催地は「国威の発揚」の場として国の威信を賭けて取り組むものであったろうと思われます。

 然しながら時代を経る内に、巨額の金が動くオリンピックで関係者の思惑が交錯し、オリンピックは「商売」と化し、プロ選手も参加可能となった上、招致合戦ではオリンピック委員に対しての賄賂や接待も裏では当たり前の様になってしまいました。

 今回の「二〇二〇年東京オリンピック招致から賄賂問題まで」を時系列で辿って行けば、純粋にスポーツの祭典を楽しみにしている国民や競技人生に於ける栄誉を求めて日夜努力をしている選手らを尻目に、オリンピック関係者が如何に我田引水するかで黒い駆け引きをして来たのかと云う事が手に取る様に分かってきます。

 すべて「金・名誉欲しさ」であり、これら一連の問題に関わった人々には一厘の「国家の威信・国威の発揚」などと言う想いは無い事でしょう。

これは日本だけの問題では無く、恐らく何処の国でも同様の事が起きていると想像できますが、何故今回、世界に恥を晒し続けるような事態が生じてしまったのでしょうか。

 一つには、ネット社会があらゆる世代に行き渡った事で、政府やオリンピック関係者の意向だけで物事が進められなくなってしまった事にあると考えられます。

つまり、今迄は隠したい事はマスコミを買収すれば何とか隠しおおせた事も、ネット上で一般国民が次々とネタ晴らしを始めて拡散していく事で世論が形成され、逆にマスコミが報道せざるを得なくなり、嘘が隠せなくなったことが大きな要因と言えるでしょう。

 また、昭和三十九年に開催された東京オリンピック当時のように、現代の国民の意識は「オリンピック一色」ではありません。価値観がバラバラで、それぞれに趣味嗜好が異なり、特に若い世代ではオリンピックに興味のある人はあまりいないと思われます。

 その様な中で「巨額の金」目当てで関係者が様々に暗躍し、招致委員会がコンサルタント料と云う名目の限りなく賄賂に近い金を使った上、皇族まで無理強いして招致にこぎつけた今回の東京オリンピックは、今にして思えば多くの関係者に「誠意」の欠片も無かったことから生じた必然であったように思われます。

特にこのような黒い金が渦巻く只中に、皇族を巻き込んだ事の禍が生じたと言っても過言ではないと考えます。

 天皇皇后両陛下の事後承諾で、官邸の強い意向で高円宮久子妃殿下にIOC総会にご出席頂いた上、スピーチまでされたと言う報道を目にした時、何とも嫌な違和感を覚えたことを思い出します。

 各国も同様にやっているであろうと推察出来るのに、何故日本だけが槍玉に上がるのか、と言う感も否めませんが、その点を云々する事よりも、例え他国が黒い思惑で動こうとも、世界に類の無い御神裔であられる天皇陛下を戴く我が民族は、誇りと誠意を第一義に考えて、真摯に誠を尽して招致活動を行うべきであったのは言うまでもありません。

ま して日本オリンピック委員会の会長、そして招致委員会の理事長であった竹田恒和氏は、旧皇族竹田宮恒徳王の三男で明治天皇の御血筋を引かれた方なのですから、賄賂疑惑の中心人物になってしまうようなことになっては断じてならなかったと深く危惧するところであります。

 オリンピック招致から一転して、次々と生じた問題、そして万が一にもオリンピック開催中止と云うような事になろうものなら、高円宮久子妃殿下を担いだ責任を官邸をはじめオリンピック関係者は一体どの様にとるつもりなのでしょうか。

 例え中止にならなくとも、此処まで起きた問題によって、国家の恥を世界に晒している事に変わりはありません。

 オリンピックにまつわる不手際が取り沙汰される度に、

 天皇陛下の御心痛は如何ばかりかと、拝察申し上げる次第です。

 賄賂問題が今後どの様な結末になるのか現時点では分かりかねますが、今後、オリンピック関係者は誠を尽して解決にあたって頂きたいと切望致します。

  (エキサイトニュース・ウィキペディア参照)

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