陰陽道 陰陽會

安倍晴明公の方術が今ここに蘇る!

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陰陽道とは?

陰陽道とは日本古来の古神道と支那由来の陰陽五行説を融合させて、呪術と科学が表裏一体となった、我が国独自の論理体系であり原理システムです。

また近代科学に於いては分断された呪術と科学と云う二律背反する概念を、表裏一体のものとしてとらえたものが陰陽道であるとも言えます。

天武天皇が675(天武4)年に陰陽寮を創設されてから明治政府によって正式に廃止されるまで、約千五百年に亘って天皇の宮中祭祀はそのほとんどが陰陽道によるものでした。

陰陽師の役割は治世の安定並びに国家の平安にあり、国家の安定の延長線上に人々の平和な生活の維持実現がありました。

陰陽道による祭祀によって天皇の長寿祈願、国家安泰の祈願や天譴(てんけん)災異・疫病の蔓延による穢れを祓っていたのです。

陰陽道による政(まつりごと)の維持安定の為の技術や知識は、天文学、地理地勢学、暦学、仁術、栄養学など多岐に亘り、陰陽師が集結した陰陽寮とは天皇直結の最先端の技術官僚でした。

陰陽寮の仕事は主に四つの部門に分かれていました。

陰陽道・・・・・陰陽五行論による占術と呪術

天文道・・・・・天体運行を観測し、天の法則を陰陽五行論をもとに解析し、吉凶を予測する。

暦道・・・・・・方位や時間に関する吉凶を占う

漏刻・・・・・・時間を定め、それを伝える

行われる仕事にはそれぞれの部門ごとに占い、日時・方角・御忌などの勘申(かんじん)祭がありました。

祓いや祈願については陰陽道、造暦については暦道、天文密奏については天文道がそれぞれ行っていました。

造暦とは支那から伝わった暦を日本の実情に合うように作り直すことです。

天文密奏とは天体の星の動きを観測し、異変の兆しがあった場合に天皇に直接上奏する仕事です。

いずれも国家や天皇の吉凶を占い、ひとたび凶の兆しがあれば、陰陽頭(おんみょうのかみ・陰陽寮の長官)はそれを天皇に上奏していました。

国家の政策指針の全ては陰陽寮の陰陽師たちによって作られていたと言っても過言ではありません。

時代が下るほどに科学は進歩していると考える向きもありますが、実は平安時代の陰陽道は現代人が考える以上に高度な科学技術であったと言えます。

現代人は呪術(オカルト)は単に迷信として片付けてしまい、凡そ科学とは相反する概念であるとしていますが、呪術と科学は陰と陽の関係にあり、表裏一体であることを千五百年も前の日本人は既に論理的に理解し、尚且つ現実に活用していたのです。

天の兆しを見てその影響で地に於いて起きる事象の予測を為し、地の動きを見てその影響による生活、社会などの変化の予測を為します。

陰陽道とは天の動き、地の動き、政、人心を連動しているものとしてとらえ、これら一連の関係を読み解き、穢れを祓い、禍を遠ざけ、吉兆を呼び寄せる業(わざ)です。

現在でも正月元旦に行われている宮中祭祀である四方拝は陰陽道による祭儀です。また民間に伝承している五節句、人生儀礼、季節の行事のほとんどは陰陽道に由来しています。

五節句は正しくは節供(せちく)といい、季節の変わり目や節目に厄を祓い、無病息災を祈るために、神々に季節の食物を供えたことに由来している神事であり、五節句という呼び名のとおり、正月7日の人日(じんじつ)の節句、3月3日の上巳(じょうし)の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕(しちせき)の節句、9月9日の重陽(ちょうよう)の節句の5つの節句を意味しています。

奇数は陰陽道では陽の数字で、本来ならば奇数の重なるこれらの日は縁起の良い日でしたが、奇数と奇数を合わせると偶数が生まれます。偶数は陰の数字であるため、その邪気を祓うために行っていた行事が五節句の始まりです。

 

上巳の節句

上巳の節句は現在では、女の子の誕生と成長を祝う「雛祭り」として一般に知られていますが、本来は年齢も性別も関係なく、草や藁〔わら〕で作った人形の体に人間の穢れを移し、健康を祈って災厄を祓うことを目的とした農村儀礼が行われていました。 現在でも、穢れを紙の人形に移して、それを川に流す「流し雛」の風習が残っています。

 

端午の節句

端午の節句は、菖蒲の花が咲く季節なので「菖蒲の節句」とも言われ、蓬や菖蒲の花の持つ強い香気で厄を祓うとして軒につるし、また菖蒲湯に入ることで無病息災を願いました。 また、「菖蒲」を「尚武」とかけて、男の子の誕生と成長を祝う「尚武の節句」としても知られています。

 

重陽の節句

重陽の節句は陽の数字である9が二つ重なる事から、陰陽道では最も良い日とされています。また菊の花の咲く季節と重なる事から「菊の節句」とも言われています。菊には長寿の力があると信じられ、8日の夜に菊に綿をかぶせ、9日に露で湿ったその綿で体を拭いたり、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた菊のお酒を飲み邪気を祓い長寿を願いました。

 

また人生儀礼としては帯祝い(安産祈願)、出産祝い、お七夜(命名式)、初宮参り、お食い初め、初節句(雛祭り・端午の節句)、七五三(三歳:髪置きの祝い、五歳:袴着の祝い、七歳:帯解きの祝い)、髪上祝い(十三参り)、元服(成人式)、厄年(厄祓い)、賛賀(還暦・古稀・喜寿・傘寿・半寿・米寿・卒寿・白寿・上寿・茶寿・皇寿)などがあります。

季節の行事としては、正月の屠蘇、どんど焼き、追儺(節分)、名越の大祓(茅の輪行事)、八朔(中元の元)、亥の子餅、師走の大祓などです。

以上の伝統行事はすべて陰陽道に基づく穢れを祓う神事であり、これらは日本の伝統文化の中に深く浸透しています。

しかしながら明治政府が近代化政策の下、明治3年に陰陽寮を廃止したことで、それまで陰陽師によって行われていた祓いとご祈願は神社が執り行うようになり、陰陽道も日本国民の記憶から失われてしまいました。

しかしながら現代に至るまで日本の伝統文化の中に根強く残り、陰陽道に基づく祓いであることを知らなくても、脈々と日本人の生活文化の中に息づいています。

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