陰陽道 陰陽會

安倍晴明公の方術が今ここに蘇る!

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祖霊の祭祀

1)祖霊の祭祀

今日、「祖霊の祭祀」としてのお彼岸やお盆と云うと、仏教行事のように思われがちですが、それらは元々我が国古来の祖霊の祭祀(先祖祭)の日のことでした。

特にお盆の時には祖先の御霊が子孫の家に帰ってくると云われていますが、このような考え方は本来の仏教には無く、むしろ我が国固有の習俗に由来するものであり、仏教伝来と共に我が国の祖霊の祭祀と習合していったものであります。

祖先の御霊をお祀りする事は多くの家々で為されていますが、江戸時代の寺請(てらうけ)制度の名残から、宗旨・宗派は異なれども仏教の形式で「ほとけ様」として仏壇に祀られている場合が多いと思います。

けれどもその一方で、神道の形式で「神様」として祖霊舎(みたまや)に祀られている場合も少なくなく、神と仏(神道と仏教)とでお祀りする形式は異なっていても、どちらも祖先の御霊をお祀りしている事に違いはありません。

家庭の中に、伊勢の神宮(天照皇大神宮・神宮大麻)をはじめとして氏神神社や様々な神々を神棚に奉斎(ほうさい)し、更に先祖を祖霊舎に奉斎すると云う敬神崇祖の日常生活こそ、我が国古来の考え方の中から生まれて来たものです。

今日、神棚も祖霊舎・仏壇も無いと云う世帯が増え、古来から受け継がれてきた敬神崇祖の念が途絶えつつある中、神々や先祖を形にして鄭重にお祀りすると云う我が国固有の伝統文化について改めて認識することは重要な事であると考えます。

2)守護神としての祖先神

日本人は祖先が自分達子孫を守って下さる、といった観念をごく自然に持っています。

この事が高じて、亡くなった直近の父母や祖父母が守護や指導霊として守っている、と云うようなことを霊能者や新興宗教の類の人たちが良く口にしますが、実際にはそのような守護霊・指導霊など存在しないので、これは誤った観念です。

守護神としての祖先神とはこの守護霊・指導霊と云うような架空の存在である直近の先祖の御霊が直接的に子孫を守護すると云ったことではありません。

子孫が先祖代々の祖霊を様々な鎮魂儀礼つまり春秋の祖霊祭、御霊祭(みたままつり)、年祭などを通して鄭重にお祀りする事で、次第に御霊が荒ぶる御霊である荒魂(あらみたま)から和魂(にぎみたま)に鎮まっていき、やがては幸魂(さきみたま)、奇魂(くしみたま)となり、子孫が行う儀礼と呼応して子孫を見守る守護神となっていくのです。

そして百年祭を迎える頃には、産土神(うぶすながみ)の一部となり、その産土神から再び分かれて人間として誕生するということになります。

このことから誕生の際の安産祈願から始まり、初宮、七五三、十三詣りなどの人生儀礼に際して、産土神社への奉告と健康への願いを込めた祈願をすることが慣わしとなっているのです。

生まれ出たところの本である産土神に祈願する事で、生児の霊魂が強化され、生命力がついてくると考えられています。

3)祖霊舎(みたまや)

一家の祖先や肉親の御霊をお祀りする設備が祖霊舎であり、神棚と別に分けてお祀りするのが本義です。

神棚と祖霊舎の関係は、神棚が上位で祖霊舎が下位となります。

神棚よりも一段低い場所や神棚の下にお祀りします。

祖霊舎は仏式で言うところの仏壇にあたります。神徒壇(しんとだん)とも言います。

遷霊祭で霊璽に遷し留めた御霊を一般的には五十日祭又は百日祭まで仮祖霊舎でお祀りしますが、合祀祭にて祖霊をお祀りしている祖霊舎に合祀した後、霊璽は祖霊の霊璽と共にお祀りします。

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(仏壇屋滝田商店より)


4)霊璽

霊璽は仏式で言う位牌にあたり、祖霊舎の中にお祀りします。

霊璽は御霊代(みたましろ)のことで、霊形(たまがた)・神主(たましろ)・霊主(たまぬし)とも言います。

遷霊祭で霊璽に遷し留めた御霊の魂はあくまでも一部であり、御霊の本体は幽世(かくりよ)つまり常世(とこよ)の国あるいは黄泉(よみ)の国に帰ります。
 何故なら御霊は分霊祭でいくつにでも分霊することが可能だからです。

祖霊のお祀りは霊璽を通して子孫の儀礼を受ける事になります。

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(仏壇屋滝田商店より)


(5)
祖霊舎(みたまや)の祀り

家族の誰かが身罷(みまか)った場合には、その人の御霊はその一家の祖霊と合祀され、やがては守護神となって子孫や一家を守護(まも)ってくれると云う我が国古来からの祖霊祭祀があります。

子孫は先祖に対して日々のお祀りはもとより、個々の先祖の年祭(年忌)を鄭重に奉仕して祟り神とならない様に鄭重にお祀りしなければなりません。

その為に日毎に祖霊へのお祀りを行う事は神棚のお祀りと同様ですが、祖霊舎のお祀りで大切な祭儀は、正辰(せいしん)祭と云う故人の帰幽の当月当日つまり祥月(しょうつき)命日にその故人を追慕して執り行うお祀り、春秋の彼岸の時季に執り行う春季霊祭・秋季霊祭並びにお盆の時期の御霊(みたま)祭です。

御霊祭に関しては、帰幽後一年以内にお盆を迎える場合には、新御霊祭(あらみたままつり)として、一年祭を迎えるまでの不安定な荒ぶる御霊を鎮め祀る為に特に鄭重に執り行う必要があります。

これらの祭儀は恒例の祖霊祭であり、その日々には神職を招いて鄭重な祭祀を執り行う事が重要です。

 

年祭(式年祭・年忌)

祥月命日に特別の祭祀である正辰祭を執り行う事は当然ですが、一年祭を経た後の年祭は、三年目(満年数、以下同様)の三年祭を始めとして、五年祭・十年祭・二十年祭・三十年祭・四十年祭・  五十年祭・百年祭と順次斎行し、百年祭以降は百年毎に行われます。

これらの祭儀は重儀ですから鄭重に祭儀を行う必要があります。

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春秋二季の霊祭

春分の日には春季霊祭、秋分の日には秋季霊祭を執り行います。

春秋の祖霊祭は祖先をお祀りする日であり、皇室では皇霊祭が執り行われます。

春秋の祖霊祭に於いて先祖代々の御霊に対して子孫が追慕追悼(ついぼついとう)の誠を捧げると共に、祖先の加護をお祈りします。

 

御霊祭(みたままつり)・新御霊祭(あらみたままつり)

御霊祭とは仏式で言うところのお盆つまり盂蘭盆会(うらぼんえ)にあたります。

今では仏式の方が一般的になってしまいましたが、元々は幽世(かくりよ)から祖霊をお迎えして鄭重にお祀りし、日々の加護と子孫の繁栄をお祈りすると云う神道の祭祀が仏教と融合した行事がお盆となったものです。

帰幽して初めて迎える御霊祭りを新御霊祭と云い、特に鄭重にお祀りしなければなりません。

帰幽して一年以内の御霊は、たとえ幽世である常世の国あるいは黄泉の国に帰っていたとしても、極めて不安定であることから荒霊(あらみたま)の状態であると云えます。

この荒霊はいつ何時祟り神に転じるとも限らないので、折々の霊祭を通して鄭重に鎮め祀る必要があるのです。

鄭重に鎮めに鎮めてお祀りすることで、御霊が祟り神にならないようにしなければなりません。

様々な霊祭を通して鎮め祀ることで、次第に御霊は鎮まっていき、荒魂は和魂に、和魂は幸魂に、やがて百年祭を迎える頃には幸魂は奇魂になり、子孫を見守る存在となっていきます。

荒ぶる霊魂(人霊)を放置していると、災厄をもたらす疫神(疫鬼)となりますが、神霊として鄭重に鎮め祀ると災厄を防ぐ神へと転じ、やがては守護神となるのです。


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