陰陽道 陰陽會

安倍晴明公の方術が今ここに蘇る!

過去ログ

陰陽歳時暦

民間に伝承している五節句、人生儀礼、季節の行事のほとんどは陰陽道に由来しています。

五節句は正しくは節供といい、季節の変わり目や節目に厄を祓い、無病息災を祈るために、神々に季節の食物を供えたことに由来している神事であり、 五節句という呼び名のとおり、正月7日の人日(じんじつ)の節句、3月3日の上巳(じょうし)の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕(しちせき) の節句、9月9日の重陽(ちょうよう)の節句の5つの節句を意味しています。奇数は陰陽道では陽の数字で、本来ならば奇数の重なるこれらの日は縁起の良い 日でしたが、奇数と奇数を合わせると偶数が生まれます。偶数は陰の数字であるため、その邪気を祓うために行っていた行事が五節句の始まりです。

上巳の節句

上巳の節句は現在では、女の子の誕生と成長を祝う「雛祭り」として一般に知られていますが、本来は年齢も性別も関係なく、草や藁〔わら〕で作った人形の体に人間の穢れを移し、健康を祈って災厄を祓うことを目的とした農村儀礼が行われていました。 現在でも、穢れを紙の人形に移して、それを川に流す「流し雛」の風習が残っています。

端午の節句

端午の節句は、菖蒲の花が咲く季節なので「菖蒲の節句」とも言われ、蓬や菖蒲の花の持つ強い香気で厄を祓うとして軒につるし、また菖蒲湯に入ることで無病息災を願いました。 また、「菖蒲」を「尚武」とかけて、男の子の誕生と成長を祝う「尚武の節句」としても知られています。

重陽の節句

重陽の節句は陽の数字である9が二つ重なる事から、陰陽道では最も良い日とされています。また菊の花の咲く季節と重なる事から「菊の節句」とも言われています。菊には長寿の力があると信じられ、8日の夜に菊に綿をかぶせ、9日に露で湿ったその綿で体を拭いたり、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた菊のお酒、または茱萸(呉茱萸)のお酒を飲み邪気を祓い長寿を願いました。

また人生儀礼としては帯祝い(安産祈願)、出産祝い、お七夜(命名式)、初宮参り、お食い初め、初節句(雛祭り・端午の節句)、七五三(三歳:髪置きの祝 い、五歳:袴着の祝い、七歳:帯解きの祝い)、髪上祝い(十三参り)、元服(成人式)、厄年(厄祓い)、賛賀(還暦・古稀・喜寿・傘寿・半寿・米寿・卒 寿・白寿・上寿・茶寿・皇寿)などがあります。

 季節の行事としては、正月の屠蘇、どんど焼き、追儺(節分)、名越の大祓(茅の輪行事)、八朔(中元の元)、亥の子餅、師走の大祓などです。

以上の伝統行事はすべて陰陽道に基づく穢れを祓う神事であり、これらは日本の伝統文化の中に深く浸透しています。

陰陽會では日本に伝わる伝統的行事に加え、一年を通して様々な祭儀を執り行っています。

毎月1日・15日・・・月次祭

元旦・・・歳旦祭 

13日・・・元始祭

17日・・・昭和天皇陵遥拝式 

110日・・・恵比須講

1月第2月曜日・・・成人の日

23日・・・追儺式(節分祭)
2
11日・・・紀元祭

217日・・・祈年祭

33日・・・桃花神事(上巳の節供)

3月春分の日・・・春季皇霊祭遥拝式 春季祖霊祭

43日・・・神武天皇陵遥拝式

429日・・・昭和祭

55日・・・端午祭
5
10日・・・結婚感謝祭

旧暦55日・・・疫病封じ祈願祭

630日・・・夏越之大祓

77日・・・七夕祭 

730日・・・明治天皇伏見桃山陵遥拝式 

81日・・・八朔(はっさく)

815日・・・戦没者慰霊・世界平和祈願祭

99日・・・重陽祭

9月第3月曜日・・・敬老祭

9月・・・十五夜祭

9月秋分の日・・・例祭 晴明桔梗まつり

秋分の日の前日・・・秋季皇霊祭遥拝式 秋季祖霊祭

10月・・・十三夜祭

1010日・・・産巣日(むすび)祈願祭

1017日・・・神宮神嘗祭当日祭遥拝式 

1020日・・・恵比須講

1020日・・・地久節 

113日・・・明治祭

11月15日・・・七五三
11月15日・・・大願成就祈願祭

1123日・・・新嘗祭(にいなめさい・しんじょうさい)

1123日・・・日本景気復興祈願祭       

1223日・・・天皇陛下御誕辰祭(天長祭)

1231日・・・年越之大祓

1231日・・・除夜祭


陰陽會の最新情報


平成29年8月8日 桃剣布都御霊非理法權天破邪神法のご案内
平成29年8月6日 鹿算加持を執り行いました。
平成29年8月3日 桔梗だより 平成29年8月号(8月1日頒布)
平成29年7月19日 病気平癒祈願祭を執り行いました。
平成29年7月5日 鹿算加持を執り行いました。
平成29年6月30日 夏越之大祓を斎行致しました。
平成29年6月6日 夏越之大祓のご案内
平成29年6月4日 桔梗だより 平成29年6月号(6月2日頒布)
平成29年5月28日 鹿算加持を執り行いました。
平成29年5月7日 疫病封じ祈願祭(5月30日)のご案内
平成29年5月5日 端午祭を斎行致しました。
平成29年5月4日 結婚感謝祭のご案内
平成29年5月4日 桔梗だより 平成29年5月号(5月1日頒布)
平成29年5月1日 家屋清祓祭を執り行いました。
平成29年4月29日 昭和祭を斎行致しました。
平成29年4月19日 端午祭のご案内
平成29年4月5日 桔梗だより 平成29年4月号(4月3日頒布)

平成29年3月25日 五年祭並びに十年祭を執り行いました。
平成29年3月20日 春季祖霊祭を斎行致しました。
平成29年3月5日 春季祖霊祭(3月20日)のご案内
平成29年3月5日 桔梗だより平成29年3月号(3月1日頒布)

平成29年3月3日 上巳の節供にあたり、桃花神事を斎行致しました。

平成29年2月22日 鹿算加持を執り行いました。

平成29年2月17日 祈年祭を斎行致しました。
平成29年2月11日 紀元祭を斎行致しました。

平成29年2月10日 病気平癒祈願祭並びに霊符祈祷を執り行いました。
平成29年2月5日  桔梗だより平成29年2月号(2月1日頒布)
平成29年2月3日  追儺式を斎行致しました。
平成29年1月14日  2月3日 追儺式のご案内
平成29年1月8日  地震之禍除並びに事業繁栄祈願祭を執り行いました。
平成29年1月4日  桔梗だより平成29年1月号(1月4日頒布)
平成29年1月3日  元始祭を斎行致しました。
平成29年元旦   歳旦祭並びに新年初祈祷を斎行致しました 。
平成28年12月31日 師走大晦の大祓式を斎行致しました。
平成28年12月23日 天長祭を斎行致しました。
平成28年12月11日 病気平癒祈願祭を執り行いました。
平成28年12月6日 桔梗だより平成28年12月号(12月1日頒布)
平成28年11月27日 入居前清祓祭並びに霊符祈祷を執り行いました。
平成28年11月26日 年越大祓のご案内
平成28年11月23日 新嘗祭並びに日本景気復興祈願祭を斎行致しました。
平成28年11月15日 大願成就祈願祭を斎行致しました。
平成28年11月14日 日本景気復興祈願祭(11月23日斎行)のご案内
平成28年11月13日 霊符の御祈祷を執り行いました。
平成28年11月5日 桔梗だより平成28年11月号(11月1日頒布)

平成28年11月4日 大願成就祈願祭(11月15日)のご案内
平成28年11月3日 明治祭を斎行致しました。
平成28年10月17日 病気平癒祈願祭を執り行いました。
平成28年10月13日 十三夜祭を斎行致しました。
平成28年10月10日 産巣日祈願祭を斎行致しました。
平成28年10月8 桔梗だより 平成28年10月号(10月3日頒布)
平成28年9月22  第11回例祭・晴明桔梗まつりを斎行致しました。
平成28年9月21日 秋季祖霊祭を斎行致しました。
平成28年9月19日 敬老祭を斎行致しました
平成28年10月15 十五夜祭を斎行致しました。
平成28年9月9日 重陽祭を斎行致しました
平成28年9月9日 秋季祖霊祭のご案内
平成28年9月7日 敬老祭のご案内をUPしました。
平成28年9月4日 家屋清祓祭並びに霊符のご祈祷を執り行いました。
平成28年9月4日 桔梗だより 平成28年9月号(9月1日頒布)

平成28年8月3日 桔梗だより 平成28年8月号(8月1日頒布)

平成28年7月9日 鹿算加持を執り行いまし

平成28年7月4日 桔梗だより 平成28年7月号(7月1日頒布)

平成28年7月3日 鹿算加持を執り行いました。

平成28年6月30日 夏越之大祓を斎行致しました。
平成28年6月9日 疫病封じ祈願祭を執り行いました。

平成28年6月8日 自動車清祓を執り行いました

平成28年6月5日 桔梗だより 平成28年6月号(6月1日頒布)

平成28年5月29日 病気平癒・枉事消除祈願祭を執り行いました

平成28年5月29日 疫病封じ御祈願のご案内

平成28年5月20 鹿算加持を執り行いました

平成28年5月10日 結婚感謝祭を斎行致しまし

平成28年5月9日 桔梗だより 平成28年5月号(5月1日頒布)

平成28年5月5日 端午祭を斎行致しました。
平成28年5月4日 枉事消除祈願祭を執行致しました。

平成28年4月29日 昭和祭を斎行致しました。

平成28年4月23日 結婚感謝祭のご案内をUPしました。

平成28年4月14日 厄除祈願祭を執行致しました。
平成28年4月9日 端午祭のご案内
平成28年4月4日 桔梗だより 平成28年4月号(4月1日頒布)

平成28年3月20日 春季祖霊祭を斎行致しました。

平成28年3月11日 家屋清祓祭を執り行いました。
平成28年3月11日 春季祖霊祭のご案内
平成28年3月3日 上巳の節供にあたり、桃花神事を斎行致しました。

平成28年3月3日 桔梗だより 平成28年3月号(3月1日頒布)
平成28年2月25日 日蝕・月蝕の後には自祓ひをして穢れを祓い去りましょう!

平成28年2月17日 祈年祭を斎行致しました

平成28年2月11日 紀元祭を斎行致しました。

平成28年2月8日 桔梗だより 平成28年2月号(2月1日頒布)

平成28年2月5日 清祓祭を執り行いました。

平成28年2月3日 追儺式を斎行致しました
平成28年1月19日 2月3 追儺式のご案内

平成28年1月6日 厄除祈願祭を執り行いました。

平成28年1月5日 桔梗だより 平成28年1月号(1月4日頒布)

平成28年1月3日 元始祭を斎行致しました。

平成28年元旦 歳旦祭並びに新年初祈祷を斎行致しました。

平成27年12月31日 年越之大祓を斎行致しました。

平成27年12月23日 天長祭を斎行致しました

平成27年12月10 物之清祓を執り行いました

平成27年12月6日 年越之大祓のご案内

平成27年12月2日 桔梗だより 平成27年12月号(12月1日頒布)

平成27年11月23日 新嘗祭並びに日本景気復興祈願祭を斎行致しました。

平成27年11月5日 桔梗だより 平成27年11月号(11月1日頒布)

平成27年11月3日 明治祭を斎行致しました。

平成27年10月28日 枉事消除祈願祭並びに鹿算加持を執り行いました。

平成27年10月25 十三夜祭を斎行致しました

平成27年10月17日 枉事消除祈願祭を執り行いました。

平成27年10月3日 桔梗だより平成27年10月号(10月1日頒布)

平成27年9月27日 十五夜祭を斎行致しました。

平成27年9月23日 第10回例祭・晴明桔梗まつりを斎行致しました。

平成27年9月22日 秋季祖霊祭を斎行致しました。

平成27年9月21日 敬老祭を斎行致しました。

平成27年9月9日 重陽祭・菊花神事を斎行致しました。

平成27年9月8日 敬老祭(9月21日)のご案内

平成27年9月5日 招魂合祀祭を執り行いました。

平成27年9月5日 桔梗だより 平成27年9月号(9月1日頒布)

平成27年8月26日 家屋清祓祭を執り行いました。

平成27年8月15日 戦没者慰霊祭・世界平和祈願祭を斎行致しました。

成27年8月6日 桔梗だより 平成27年8月号(8月1日頒布)

平成27年7月10日 改築改装後清祓祭・家屋清祓祭を執り行いました。

平成27年7月4日 桔梗だより 平成27年7月号(7月1日頒布)

平成27年6月30日 夏越之大祓を斎行致しました。

平成27年6月28日 鹿算加持を執り行いました。

平成27年6月20日 疫病封じ祈願祭を執り行いました。
平成27年6月2日 桔梗だより 平成27年6月号(6月1日頒布)

平成27年6月1日 夏越之大祓のご案内

平成27年5月29日 心願成就祈願祭を執行致しました。

平成27年5月27日 疫病封じ御祈願のご案内

平成27年5月5日 端午祭を斎行致しました。

平成27年5月2日 家屋清祓・身体健康・物之清祓・霊符の御祈祷の各祭典を執り行いました。

平成27年5月2日 桔梗だより 平成27年5月号(5月1日頒布)

平成27年4月29日 昭和祭を斎行致しました。

平成27年4月26日 改築改装前清祓・家屋清祓・縁切・霊符の御祈祷の各祭典を執り行いました。

平成27年4月12日 端午祭のご案内

平成27年4月10日 物之清祓並びに鹿算加持を執り行いました。

平成27年4月4日 桔梗だより 平成27年4月号(平成27年4月1日頒布)

平成27年3月29日 心願成就祈願祭を執行致しました。

平成27年3月21日 春季祖霊祭を斎行致しました。

平成27年3月18日 三年祭を執り行いました。

平成27年3月15日 枉事消除祈願祭を執り行いました。

平成27年3月6日 桔梗だより 平成27年3月号(3月1日頒布)

平成27年3月3日 上巳の節供にあたり、桃花神事を執り行いました。

平成27年3月1日 春季祖霊祭のご案内

平成27年2月27日 心願成就祈願祭並びに神符祈祷を執り行いました。

平成27年2月17日 祈年祭を斎行致しました。

平成27年2月13日 枉事消除祈願祭を執り行いました。

平成27年2月11日 紀元祭を斎行致しました。

平成27年2月9日 心願成就祈願祭を執り行いました。

平成27年2月3日 追儺式を斎行致しました。

平成27年2月3日 桔梗だより 平成27年2月号(2月1日頒布)

平成27年1月30日 厄除祈願祭を執り行いました。

平成27年1月15日 2月3日追儺式のご案内

平成27年1月5日 桔梗だより 平成27年1月号(1月1日頒布)

平成27年1月3日 元始祭を斎行致しました。

平成27年元旦 歳旦祭並びに新年初祈祷を斎行致しました。

 

「病気や怪我」と「身体と魂」の関係

ここでは、人間が病気や怪我の時、そして最期身罷る時には、魂はどのような状況にあるかということを説明いたします。

陰陽道・神道に於いては、人間の生命や活力の根源は魂であると考えられています。

つまり人間は単に肉体だけの存在では無く、肉体は魂の器であると考える事が出来るのです。

母親のお腹に肉体としての生命が宿り、十月十日の間肉体がどんどん成長していきますが、魂が入るまではただの肉体の存在であり、人間としての存在ではありません。

一般的には大体7か月くらいまで成長すると、子供が親を選んで肉体の中に魂が入り、その後出産を経て魂が宿った状態で赤子として生まれて来ます。

そして肉体が死を迎えるまでの間、健康な時には肉体の胸のあたりに鎮まっている魂は、病気や怪我などの状態に陥ると、肉体に鎮まる事が出来ずに一時的に抜け出た不安定な状況になります。

更にこの一時的に抜け出てしまった魂が肉体に戻れなくなった時、肉体の死を迎える事になるのです。

この様な観念から、神道、陰陽道に於いては特に病気や怪我の時などの一時的に抜け出た不安定な状態の魂を肉体に鎮めて安定させる為の祭祀が鎮魂行事であり、更に魂を振るわせて活力を与える祭祀が魂振行事です。

悪霊にとり憑かれたり、穢れの多い人、物、場所に関わったり、精神的に落ち込んでいたり、日蝕・月蝕などの穢れである天文現象に遭遇したりなどして次第に肉体に穢れが溜っていくことで、生命力の活力を失い、肉体が病気になったり怪我をしたりします。

すると、魂が肉体から一時的に飛び出てしまいます。

病気や怪我で傷付いた肉体を治す為に、医療によって様々な治療を施しますが、西洋医学でも東洋医学でも肉体から飛び出た魂を鎮める事は出来ません。

鎮魂と云う祭祀によって飛び出してしまった魂を肉体に鎮め、魂振と云う祭祀によって魂に活力を与える事で、医療の効果が上がり比較的早く、元の健康な肉体に戻る事が出来るのです。

病気や怪我によって肉体に何らかの損傷が起きている場合は、医療によって修復する必要があるのは当然であり、祭祀だけでは肉体を治癒する事は困難です。

このことから病気や怪我の場合は、鎮魂と魂振と云う祭祀と医療の両方を行う事で、より一層早く、元の元気な肉体に戻る事が出来ると言えます。

特に病気や怪我でない場合に於いても、常に鎮魂の祭祀を行う事で、肉体に活力を与え、生命力に溢れる人生を送る事が出来ると共に、万一病気や怪我に見舞われたとしても、重篤(じゅうとく)な状態に陥る事無く、比較的簡単に元の状態に戻ることが出来るのです。

鎮魂と魂振の代表とも言える宮中の祭祀である鎮魂祭は、即位の際の大嘗祭(だいじょうさい)と毎年秋の新嘗祭(にいなめさい)の前夜に天皇陛下が必ず行われる祭祀です。

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宇気槽の儀

鎮魂の儀では、宇気槽(うきふね)と呼ばれる箱を伏せ、その上に女官が乗って桙(ほこ)で宇気槽の底を10回突く「宇気槽の儀」が行われます。かつてこの儀は、天鈿女命(あめのうずめのみこと)の後裔である猿女君(さるめのきみ)の女性が行っており、「猿女の鎮魂」とも呼ばれていました。

魂振の儀

鎮魂の儀の後、天皇の装束を左右に10 振る魂振の儀が行われます。これは饒速日命(にぎはやひのみこと)が天津神より下された十種の神宝(とくさのかむだから)を用いた呪法に由来しています。 『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』には、饒速日命の子の宇摩志麻治命(うましまちのみこと)が十種の神宝を使って神武天皇の心身の安鎮を祈ったとの 記述があり、「所謂(いはゆる)御鎮魂祭は此よりして始(おこ)れり」としています。

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天皇は即位の礼に始まり、毎年行われる新嘗祭前夜の陰陽道による鎮魂の儀で穢れを祓い魂を鎮め、魂振の儀によって魂に活力を与え、生命力を蘇らせ、霊威を高めておられます。

魂振の身近な例ではお祭りの際に担ぐ御神輿を振る「神輿振り」です。激しいお祭りでは壊れる方が良いとされるほどに御神輿を振り動かしますが、神輿を振り動かす事で神輿に乗っておられる神の霊威が高まり、豊作や疫病退散などの願いが叶うと考えられてきました。

また農耕社会の我が国に於いては、神輿を担いで大地を踏み固めたり、相撲の力士が四股(しこ)を踏んだりする大地の魂振も大地の霊力を高める神事として行われています。

当会で執り行っている清祓、病気平癒祈願は鎮魂の祭祀であり、鹿算加持並びに特殊祈願は魂振の祭祀です。


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         (知識ゼロからの神道入門 幻冬舎 より一部抜粋)

ご参拝・ご祈願をお受けになる方へ

祭典参列及びご祈願・ご参拝時の服装について

特に決まりはありませんが、正式参拝や御祈願を受ける場合、男性はネクタイ・上着の着用が原則となります。
 さらに例祭や、公共の大きな祭り、参拝する団体の代表などで参列する場合は、ダークスーツや略礼服が望ましい(女性はこれに準じた服装)です。

 また職業により制服が定められている場合は、それが正装に準じる場合もあります。
 出張祭典などもこれに準じます。

仏滅のご参拝について
 大安や友引などのいわゆる六曜は、古代中国で考えられた法則が形を変えて日本に定着したものです。いわば迷信に近いもので、いつご参拝頂いても大神様の御加護を頂けますので特に気にされる必要はございません。

禁ずべき事
一、不潔(ふけつ) 二、輕怱(けいそつ) 三、放心(ほうしん) 四、発情(はつじょう) 五、不注意(ふちゅうい) 六、不規律(ふきりつ) 七、粗暴(そぼう)
 以上は祭式執行上最も禁ずべき事にして通読すれば判明するものなれば説明は略します。

お参りの仕方
一.神前に進みます。姿勢を正します。
一.参拝します。参拝は『二拝二拍手一拝』の作法で行います。
二拝二拍手一拝の作法(立っている場合も座っている場合も同じです。)
腰を九十度に曲げ、二回拝みます。
胸の前で両手を合わせ、二回拍手します。
最後にもう一回、腰を九十度に曲げて拝みます。
(注)参拝中は常に祈念を込め、心をこめたお参りをしましょう。

昇殿参拝

昇殿参拝とは、奥深く本殿にご案内し、玉串を奉りて親しく参拝していただくことです。

初穂料・・・3千円

授与品・・・切札

出張祭典でご用意いただくご神饌等について

当会の出張祭典では基本的に以下のご神饌等を事前にご用意いただいております。

但し、祭典の内容によってご準備いただくご神饌が異なる場合がございますので、事前にご確認ください。

【ご準備頂くご神饌】
1.
榊・・・1対(2束)
2.
米・・・半合
3.
粗塩・・・500g程度
4.
御神酒・・・4合
5.
水・・・1合
6.
真鯛(2030cm位のサイズ)・・・1尾
(ウロコ、内臓を処理してもらって下さい)
7.
昆布(ダシ用で可)・・・10
8.
どんこ(干し椎茸)・・・10
9.
するめ又はカツオ節(削り節でも可)・・・5枚または削り節の場合は1
10.
りんご・・・5
11.
柑橘類・・・小さいものは9個、大きいものは5個のいずれか
12.
人参・・・5

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神葬祭と祖霊の祭祀

人間は単に肉体だけの存在では無く、魂魄(こんぱく)、つまり目に見えない霊魂と肉体である魄(はく)とで構成されています。

肉体が死を迎えると、誕生以来霊糸線によって肉体と繋がっていた霊魂は凡そ24時間で肉体から離れます。そして魄としての肉体は火葬されて遺骨となってお墓に埋葬され、霊魂は御霊(みたま)として神道式では祖霊舎(みたまや)で祀られることになります。

魄としての肉体は死後火葬により遺骨だけとなっても、また土葬により腐敗消滅しても、霊魂だけは肉体から離れて存在し続けます。

そして肉体から離れた当座の霊魂は非常に荒々しい状態であり、このような霊魂すなわち御霊は、放置すれば山野に盤鋸して激しく祟りを為し、逆に鄭重に鎮め祀ることで次第に鎮まりまして、やがて一年祭を迎える頃には子孫を守護して下さる祖霊となられ、百年祭の頃には氏神となられるのです。

特に帰幽後一年祭を迎えるまでの御霊は特に荒々しい為、鄭重に鎮め祀ることが大切です。

このことから神道に於ける神葬祭並びに祖霊祭とは魂鎮(たましず)めのお祀りであると言えます。

現世(うつしよ)に生きている者が幽世(かくりよ)の御霊を鄭重にお祀りして呼応し合う事で、祖霊は子孫を見守る存在となっていくのです。

帰幽直後の御霊を神葬祭で、その後は祖霊として毎年のお盆やお彼岸と云う年中行事や式年祭(祥月命日)を通して鄭重にお祀りすることが我が国の伝統的な祖先崇拝の形です。

特に一年祭・三年祭・五年祭・十年祭・二十年祭・三十年祭・四十年祭・五十年祭・百年祭以降百年毎の年祭を鄭重に行う必要があります。

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主要参考文献

「家庭の祭祀事典」西牟田崇生編著 国書刊行会

「神事の基礎知識」藤井正雄編・著 講談社

神葬祭の流れ

会葬者の心得

会葬の心得

通夜祭・葬場祭に参列することを会葬と云います。

会葬の心得として、弔問者は出来るだけ正式の喪服で会葬することが望ましいでしょう。

受付けで記帳し、玉串料を差し出します。表書きは「玉串料」「御榊料」又は「神饌料」のいずれかにします。

神式では通夜祭、葬場祭に限らず祭儀の前に基本的に清めの手水を行います。多くの場合、受付けや斎場入口に用意してありますので、手水を行ってから斎場に入ります。

斎場に入ったら、先ず遺族にお悔やみの言葉を申し述べます。

通夜祭・葬場祭の席次は予め決めてありますので、会場係の指示に従って着席します。

通夜祭・葬場祭では仏式の焼香に当たる、玉串奉奠(ほうてん)が行われます。

その際の二拝二拍手一礼の拝礼は、「しのび手(両手を打つ手前で止め、音を立てない拍手)」で柏手を行います。

参列者が大勢の場合は拝礼だけの事もあります。

玉串奉奠、拝礼の後は喪主、遺族へ一礼してから退出します。

直会(なおらい・通夜振る舞い)は弔問に対するお礼と清めの意味でもてなされます。招かれた時は辞退せずにお受けします。退席する時には喪主への挨拶を忘れない様に静かに辞去します。
(1)通夜祭

通夜祭は主に近親者や故人と特に親しい関係にあった人たちが集まって営まれます。

しかし遺族から通夜祭の時刻を知らされた場合には、通夜祭への参列を請われたと考えて万障繰り合わせて参列することが望ましいと云えます。

帰幽の知らせと葬場祭の日時のみを告げられた場合は、告別式への参列だけに留めるのが一般的です。

一般の通夜祭の参列者は祭儀の始まる十分くらい前に着く様に心がけます。

2)葬場祭

葬場祭に招かれた場合、通夜祭と同様に受付で記帳し、手水を受け、指示に従って着席します。

会葬者は通夜祭同様玉串奉奠、拝礼を行います。

出棺前にご遺体との最後のお別れが行われますので、故人と特に親しかった会葬者はご遺族に続いて別れ花を柩に納めます。

火葬祭・埋葬祭の心得も同様です。

3)御霊祭(みたままつり)

御霊祭は葬儀の翌日に葬儀が無事済んだことを霊前・墓前に奉告する翌日祭から、帰幽した日から数えて十日目に営まれる十日祭、以後十日目毎に二十日祭、三十日祭、四十日祭、五十日祭と続きます。

そして五十日祭以後は、百日祭、一年祭、三年祭、五年祭、十年祭と続き、以後は五十年祭まで十年目毎に行われ、その後は百年祭と、二百年祭と百年毎に年祭が続きます。

これらの御霊祭の中でも、五十日祭、百日祭、一年祭、三年祭、五年祭、十年祭は特に重要な祭儀ですから、鄭重に盛大に行われる必要があります。

これらの御霊祭は霊前・墓前の両方で行われるのが本義です。

御霊祭の後は故人を偲びながら自宅や料理屋で直会を行います。

御霊祭への案内を受けたら出欠の返事はなるべく早く出すようにしましょう。

服装は五十日祭を過ぎたら派手な服装でなければ特に喪服を着用する必要はありません。

その都度、「御榊料」あるいは「御供物料」を持参します。

1.神葬祭

近年、葬儀の在り方、先祖の祀り方について様々な考え方が現れてきて、日本の伝統的な祖霊信仰から逸脱し、現代人の勝手な解釈で葬儀が行われたり、祖霊のお祀りを簡略化あるいは放棄しているケースがしばしば見受けられます。

葬儀の方法や先祖の祀り方はその地方独特の慣習などがありますので、一つの方法を固定的に決めつけることは出来ませんが、伝統文化として引き継がれてきている形であるならば問題の無いことと思います。

いずれにしても人の生命は悠久の時代の神々や祖先から戴いて受け継がれてきたものであり、人が身罷(みまか)った時にはその御霊(みたま)はそれぞれの祭儀を通して鎮め奉ることで祖先の許へ導かれて祖霊の一員となり、やがては氏神様となられます。

また遷霊(せんれい)祭によって霊璽(れいじ)・御霊代(みたましろ・仏式での位牌に相当する)に故人の御霊が遷され、やがて祖霊舎(それいしゃ・みたまや)に祀られ、祖霊の一員となられて子々孫々の繁栄と幸福を齎(もたら)す見守る神となられます。

人が誕生する前の安産祈願に始まり、誕生後の初宮など人生の折々に行われる人生儀礼の中で、その最後を飾る最も大切な儀礼が「葬儀」であり、神道の形式に則って行われる葬儀が神葬祭です。

神葬祭は天神地祇(あまつかみくにつかみ)を対象とした敬神の祭祀ではなく、故人(死者)を対象とした先祖崇拝の祭祀です。

江戸時代に伊勢豊受大神宮の祠官(しかん)であった中西直方(なかにしなおかた)は、次のような歌を詠んでいます。

日の本に生れ出でにし益人(ますびと)は 神より出でて神に入るなり

この世の私達は元々神から生れ出たのだから、死によって神の御許に帰っていくのだと云うことです。神道の死生観は日本独自の信仰として育まれてきた先祖観を生成発展の産霊(むすび)の信仰で説明するものです。

神葬祭の本義は産土神(うぶすなのかみ)の御許に帰る帰幽奉告の儀から始まり、故人の御霊を亡骸から霊璽に移し、仮祖霊舎に安置する遷霊祭を営み、葬儀の後は翌日祭、十日毎の5回の毎十日祭が霊前、墓前でそれぞれ営まれ、忌明けの五十日(いそか・いか)祭、あるいは百日(ももか)祭、一年祭に清祓の儀を行い、仮祖霊舎に祀ってあった霊璽を祖霊舎に合祀(ごうし)し、一年祭までの間には新御霊祭(あらみたまさい)・新盆祭あるいは春秋の彼岸の霊祭を営み、先祖累代の祖霊に対し子孫である我々が、追慕追遠の誠心を捧げて孝敬の誠を致すのが慣わしとなっています。

帰幽奉告祭から始まる一連の神葬祭の祭儀は、一年祭を迎えるまでの間、死後直後の荒魂(あらみたま)を数々の葬送儀礼で鎮め祀り、節目節目のお祀りを鄭重に執り行う事で荒魂を鎮めに鎮める為に営まれる祭祀です。

一年祭までの間の御霊は常世や黄泉の国に帰ろうとも、いつ祟り神に転じるともわからない不安定な御霊である為に、数々の祭祀を鄭重に執り行う事で少しずつ鎮まって頂き、一年祭、三年祭、五年祭と年祭を営み、且つ又、正月、盆、更には春秋の彼岸の霊祭によって御霊を鎮め祀ることで、

やがては和魂(にぎみたま)・幸魂(さきみたま)となし、百年祭に至っては奇魂(くしみたま)となして神上がられ、氏神様となられるのです。

2.神葬祭の歴史

葬送の儀礼や祖先崇拝の考え方は、現在では仏教が主流となっていますが、日本民族固有の葬儀は記紀に覗う事ができます。

最古の記述としては『日本書紀』巻四「神出生章」伊弉冉尊を紀伊国熊野の有馬村に葬(かく)し奉ったことを

「土俗(くにびと)、此の神の魂を祭るに、花(はなある)の時には、亦花を以て祭り、亦鼓吹幡旗(つづみふえはた)を用て、歌ひ舞ひて祭る」

と記述されています。

口語訳:いざなみの命が、海の神 風の神 山の神 野の神、三十五柱の神をお生みになり、中でも火のかぐつちの神(火の神)をお生みになったことによって、ついにおかくれになりました。そして今の三重県南牟婁郡と伝えるところに葬った。土地の人はこの神の魂を祀り、鎮めるために、花の時期には花を、また秋には収穫した穀類を、更に海の物 山の物などをお供えし、楽器をならし旗を立て歌舞いをして、命の御心を慰め鎮めました。

また『古事記』には天若日子(あめのわかひこ)の葬送について

「喪屋(もや)を作りて、河鴈(かわがり)を岐佐理持(きさりもち)とし、鷺(さぎ)を掃持(ははきもち)とし、翠鳥(そに)を御食人(みけびと)とし、雀を碓女(うすめ)とし、雉を哭女(なきめ)とし、如此(かく)行ひ定めて、日八日、夜八夜を遊びたりき」

とあります。

口語訳:そこにお葬式のための仮小屋の喪屋を作って、川辺にいる雁を死者の食器の係りとして、鷺を葬儀場の掃除の係りとし、翆鳥を食膳の係りとし、雀を米つき女とし、雉を泣き女とし、その役割で葬儀を行うものときめて、八日の間、夜を日についで歌い舞うわざを営みました。

これらの古典の記述からも我が国に於ける葬送の儀礼は、神代の時代から連綿と続いてきたことが分かりますが、仏教伝来と共に奈良時代以降、葬祭の儀礼は僧侶に委ねられ、更に江戸時代になると寺請制度が施行されたことから、庶民の葬儀は殆どが仏葬一辺倒となってしまい、いつしか葬儀と言えば仏式と云うのが半ば常識のように考えられるようになってしまいました。

その後明治元年三月に「神仏分離令」が発せられ、同年四月十九日神道事務局は諸国の神職に対して、これまで神職及びその嫡子だけにしか認められなかった神葬祭を家族全員に改めるように通達を出し、更に明治三年から四年にかけて神葬祭を一般に至るまで自由に行いたいとの願い出が諸藩に受理されて、全国的に広まっていくことになりました。

このようにして官幣社・國弊社の宮司以外は神職が氏子に対して自由に神葬祭を執り行う事が出来るようになり、更には戦後国家神道が廃されて以降は、神社はすべて宗教法人となったことで凡ての神職が神葬祭を執り行う事が出来るようになりました。

3.神葬祭の祭儀

神葬祭は多くの祭儀によって構成されています。

神社に於ける通常の祭儀のように画一化された一定の規定も無く、地域による慣習や風習などによってその形態は複雑多様です。

また近年は自宅で葬儀を営むケースが少なく、葬祭社に委託し葬祭場で納棺祭から行われたり、火葬が一般的であることで葬場祭の後すぐに埋葬祭が行われず、五十日祭と併せて行われることも多く、順序が前後する事もありますが、一般的な祭儀の流れは大体同じです。

Ⅰ神葬祭前儀  (1)枕直しの儀

故人に対する最初の儀礼として、その死を憂い、生前の高き徳を偲びつつ、今後の葬儀の段取りを整える儀式です。

ご遺体を殯室(ひんしつ・遺体を安置する部屋)に遷して、首位を北方(もしくは東方または室の上位)にして安置し、顔を白布で覆い、枕頭(ちんとう)に白色の枕屏風を立て、灯を点し、守刀(まもりがたな)又は守鏡を枕元に置きます。

守刀は小案(小机)の上に柄を向こう側にして、刃をご遺体に向けないようにします。

前面には案を設け、常饌(じょうせん・生前の好みの食べ物、生臭物でも忌みません)もしくは洗米・米・塩・水などを供え、家族、近親者、親しい知人が慎んで傍らに控えて、静かに故人の安らかな眠りを祈ります。これが枕直しの儀と言います。

本来は全ての祭儀に神職を招くのが原則です。

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ところで本来は喪にあたっては喪屋を建て、そこにこもって一連の葬儀の祭儀が行われます。

母屋とは別の家にこもるのは別火のためで、家の神を穢さぬ為であり、喪にこもる人は他人と飲食を共にせず、家族の中に他人が居ればこれと部屋を異にして飲食します。

又忌服にかかっていない者が、もし喪家(そうか)の食をとると、七日間神社参拝を遠慮し、耕作に従わない地方もあります。

血縁の者は喪家に集まって火食をともにし、葬儀にあたります。これを「元火を食う」と言います。外部との交渉は近隣の者が集って手伝いをし、その食事の煮炊きは喪家と火を異にして喪家の食をとらないとか、喪家の者は手伝いに一任して口を出しませんでした。

Ⅰ神葬祭前儀  (2)納棺の儀

納棺の儀は、慎んで故人のご遺体を棺に納める儀式です。

喪主以下家族・親族が殯室に集まり、ご遺体を沐浴(湯水で体を清める事)させ、髪を整え、新しい衣服に改め(一般的には白木綿の小袖)、顔を白布で覆い、褥(しとね・敷物)を敷いた棺の中に納め、礼服その他故人が生前に愛用した様々な品物を共に棺の中に納めた後に蓋をしてその上を白布で覆います。

ご遺体を棺に納める前に、神職が先ず棺を祓い、納棺祭詞を奏上した後、ご遺体を入棺致します。

納棺が終わると棺を正寝(表座敷)に移し、柩前に遺影や勲章その他故人を顕彰した品々を飾り、常饌(じょうせん)あるいは生饌(せいせん・調理していない神饌)をお供えし、喪主以下一同が拝礼して、発柩するまでの間喪主以下家族・親族らが交代しながら柩の傍近くに控えます。

尚、神葬祭に於ける拝礼は忌明けの祓いまでの間、全ての祭儀で忍び手(音を立てない柏手)にて拝礼します。

※葬祭場にて納棺の儀を執り行うケースもあります。

Ⅱ神葬祭本儀  (1)産土神社に帰幽奉告の儀

人の霊魂はその死と共に産土神社の許に帰ると云う「産土信仰」から、忌服に関わりの無い者を喪家(喪中の家)の使者として産土神社に遣わし、誰某の帰幽(死没)のことを連絡し、産土神社に於いてはその使者の参列の下に直ちに帰幽奉告の儀を執り行います。

これに先立って、出来る限り死没に関わらない人が、先ず神棚及び祖霊舎に家族の誰某の帰幽の旨を奉告し、拝礼を済ませた後、扉を閉じて白紙を張ってその前面を覆い、概ね五十日祭を経た忌明の祓いを済ませるまでは神棚の拝礼を取り止めます。引き続き祖霊舎に祀られた祖霊に対しても、同様に死没奉告の拝礼を行います。

また、病気平癒等の祈願をしていた場合は、その祈願をした神社等に帰幽の旨を奉告し(遠方の場合は遥拝で可)、立願を解いて下さい。




Ⅱ.神葬祭本儀 (2)通夜祭

通夜祭は古代の葬送儀礼に於ける「殯斂(もがり)」の遺風であり、夜を徹して故人の蘇りを願う祭儀です。

命が果てた後、葬儀を執り行うまでの間、喪主以下家族・親族一同が故人の傍(かたわら)に控えて生前同様の礼を尽し、鄭重に奉仕すべき神葬祭の諸祭儀の中でも殊更に重要な祭儀であり、葬場祭(告別式)の前夜に行われます。

昨今、通夜とは単なる葬儀の前夜祭のように捉えられていますが、それは大きな間違いであり、本来の通夜祭とは故人の家族・親族一同が終夜に亘って柩の傍に集まり控えて、その面影を慕いつつ、その功績を称え偲び、再び御霊が肉体に帰り来て生命が蘇る、つまり常世の国もしくは黄泉の国に行きかけた御霊が帰ってくることをひたすら祈り願う為に行われる祭儀です。

生饌(せいせん)ばかりでなく故人が生前好んだ品を御饌(みけ・常饌)として供え、誄歌(しのびうた)を奏でて故人を追慕します。

また生前、魂(こん・御霊)は霊糸線(れいしせん)によって魄(はく・肉体)と繋がっていますが、肉体が死を迎えると約24時間かけて霊糸線が切れて魂は魄から離れます。

このことから肉体の死後すぐに葬儀を行って土葬したり火葬したりせずに、通夜祭として葬儀の前に24時間置く意味は、御霊が肉体から完全に離れる為の時間が必要だと言う事です。

この霊糸線が切れる為の時間をとることなく、肉体に何らかの刺激を与える事は、たとえ見た目は死して何の感覚も無い様に思われても、当人にしてみれば生身の体同様の刺激を感じる訳ですから、大変な苦痛を与えられることになります。

ですから昨今、医療技術の進歩によって脳死と判断された場合に臓器移植が行われるようになりましたが、本来の肉体の死を迎える前に、将に生きながらにして臓器を切除されると云う耐え難い苦しみを与えられると云うことになります。

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Ⅱ.神葬祭本儀  (3)遷霊祭

遷霊祭は故人の御霊を霊璽(れいじ)・御霊代(みたましろ)に遷し留める祭儀で「移霊祭」とも称します。霊璽に遷し留められた故人の御霊は五十日祭もしくは百日祭の頃の合祀祭が執り行われるまでは仮祖霊舎に安置され、合祀祭によって一家の祖霊舎(みたまや)に合祀・安置されることで、祖霊の中に加わり末永く家の守護神として祀られます。

御霊が遷し離された後のご遺体は程なく埋葬または火葬され、火葬された場合はご遺骨として墓所に納骨されます。

遷霊祭は神葬祭の意義を考える際に、その前後で意識が二分されると云う非常に重要な祭儀と言えます。つまり、遷霊祭に至る迄の諸祭儀には、再び御霊が帰り来て故人の生命が蘇ることをひたすら願うと云う意識が強くあることに対して、遷霊祭を行って故人の御霊を霊璽に遷し留めると云う事は、その人の死を確定する事であり、これ以降の諸祭儀はご遺体・ご遺骨を永遠の安住の地である墓所に葬る為の祭儀へと変化するのです。

遷霊祭は本来発柩(はっきゅう)に先立って、深夜に灯火を滅した浄暗裡(じょうあんり)、つまり真っ暗闇の清浄な中に斎行されるものです。

出棺が夜間に行われる場合は問題ありませんが、昨今は出棺の前夜の通夜祭に引き続いて、あるいは通夜祭の中に遷霊祭を取り入れて行われる場合が少なくありません。

神葬祭で用いられる霊璽とは仏式で言うところの位牌にあたりますが、所謂位牌とは全く異なるものであります。

霊璽には諡号(おくりな)、つまり成人男性の場合「大人(うし)」、成人女性の場合は「刀自(とじ)」などが墨書されます。

男性の場合、「大人」以外には「若子(わかひこ)・童子(わらこ)・郎子(いらつこ)・彦・老叟(おおおきな)・翁・大翁・君・命・尊」、女性の場合「刀自」以外には「童女(わらめ)・郎女(いらつめ)・大刀自・媼(おおな)・大媼・姫・媛」など死亡年齢や業績に応じた諡号が贈られることもあります。

また裏には帰幽年月日と享年を墨書します。

仏式に於ける位牌には遷霊祭を行いませんのでただの象徴ですが、霊璽は遷霊祭と云う祭儀によって単なる象徴ではなく、故人の御霊をご遺体から霊璽に遷し留めた依代(よりしろ)となります。

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遷霊祭を執り行う事によって、生前は一体となっていた魂と魄が分けられ、御霊は遷し留められた霊璽によって祖霊舎で祀られ、ご遺体・ご遺骨である魄は墓所で祀られることになります。

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ところで人が帰幽すると陽の気は魂(こん)となり、陰の気は魄(はく)になって、生前一体であった魂魄(こんぱく)が分離します。

「魂」と云う字は「云」と「鬼」から成っています。

「云」は雲で雲気のことを表わしており、人の魂は雲気となって浮遊すると考えられています。

死者にかける衣を魂衣とも言います。

「魄」と云う字は「白」と「鬼」から成っています。

白は髑髏(どくろ)のことで、精気を失ったものを魄と言います。

「魂気は天に帰し、形魄は地に帰す」(礼記)とあるように、人間が死ぬと魂魄は分離しそれぞれは天地に帰ります。

つまり霊璽では魂を祀り、墓所では魄を祀ると言う事になります。

魂魄双方を鄭重にお祀りする事で御霊は益々鎮まり、祟りなす荒ぶる神に転じないようにしなければなりません。

陽の気である魂と陰の気である魄の双方を祀ることで陰と陽のバランスをとることになります。

Ⅱ.神葬祭本儀  (4)発柩祭(出棺祭・棺前祭)・発柩後祓除の儀

本来は通夜祭・遷霊祭までを喪家(そうか)で行い、葬場祭は斎場で行われます。

斎場に於いて葬場祭を行うに先立って、柩(ひつぎ)が喪家を出発する際に、その事を柩前(きゅうぜん)に告げる為に行われる祭儀であり、「出棺祭」あるいは「棺前祭」とも言われます。

故人にとっては住み馴れた数多くの思い出がある我が家との別離の儀式でもあります。

庭前か門前に燎(かがり)を焚き、柩前には榊を挿し立て、斎主が発柩(はっきゅう)の祭詞を奏上し、玉串奉奠(ほうてん)の後、霊輿(れいよ)又は霊柩車に移して葬列を整え斎場に向かいます。

出棺に際して、故人の御霊を遷し留めた霊璽は、葬場や火葬場には持参しません。

「通夜祭」を喪家で、「葬場祭」を斎場で執り行う場合は、「発柩祭」は喪家にて、順番としては「通夜祭」と「葬場祭」の間に執行されます。

この場合の「発柩祭」は、斎場へと発柩するための祭儀であり、ご遺族の方々はその儀を終えてから斎場へ向かいます。

近年は通夜祭から発柩までの祭儀は同一の斎場で続けて執行される事が多く、この場合の「発柩祭」は、斎場から火葬場へと発柩する祭儀となります。

もし喪家で葬儀を行った場合は、喪家から発柩の後、葬儀が執行された部屋で「発柩(はっきゅう)後祓除(ふつじょ)の儀」を行い、家族・親族、建物内を祓い清めます。

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Ⅱ.神葬祭本儀 (5)葬場祭(告別式)

神葬祭で行われる葬儀を葬場祭と云います。

故人に対して最後のお別れを告げ、故人の在りし日の面影を慕い、その威徳を称賛する人生儀礼の最後を飾る最も厳粛な祭儀です。

神葬祭は神社で葬儀が行われることはありません。従って自宅や斎場を使用します。

斎主が奏上する祭詞には故人の経歴、人柄、功績などが盛り込まれ、安らかな眠りを祈り、祖先の御霊と共に喪家と遺族を守護して下さるようにと祈願致します。

葬場祭が終わると柩の蓋を開けて故人と最後の対面をします。この対面の時、祭壇に飾ってあった生花をそれぞれの手で柩に入れご遺体を飾ります。最後の対面が終わると柩の蓋を閉め、釘打ちの儀式をします。

喪主、遺族、近親者の順序で小石で二回、軽く釘を打つのが普通です。

しかしながら近年はご遺体に対する配慮から釘打ちの儀式を行わないケースがあります。

その後霊柩を奉じ、葬列を整えて墓所、又は火葬場に向かいます。

今日の葬儀では殆どが火葬である為、埋葬の為に葬場から直接墓所に向かう土葬の例は極めて稀です。

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